書評:上司や取引先にアジャイルを理解してもらうために贈る「アジャイル開発とスクラム」
日本でのアジャイル開発は、おもに開発現場の人たちが自分たちの課題を解決するために、現場で受け入れられ広がってきましたが、一方で最近ではリクルートや楽天、NTTデータなど、組織としてトップダウンでの導入も先進的な取り組みとして始まっています。
しかしまだ「現場としてはアジャイル開発に興味があるが、上司や取引先の理解がなかなか得られない」と思っているエンジニアや、「アジャイル開発に興味はあるが、開発者ではないので技術的なことはよく分からない」という情報部門のマネージャなど、アジャイル開発に興味があっても踏み出せない方は多いのではないでしょうか。
本書「アジャイル開発とスクラム」は、これまで多かったエンジニア向けにアジャイル開発の実践方法を解説したものではありません。エンジニアではない、上司や経営陣、取引先といったステークホルダーにアジャイル開発を理解してもらうために使える本です。
そのため、アジャイル開発とスクラムの一般的な考え方を説明するだけではなく、複数の企業での成功事例や体験談、スクラムという概念を考え出した一橋大学名誉教授 野中郁次郎氏による理論の解説、およびアジャイル開発の第一人者である平鍋健児氏と野中氏の対談などで構成されています。
著者はこの平鍋健児氏と野中郁次郎氏。両者の視線は組織を成功させるための方法論としてアジャイル開発とスクラムを捉えており、終盤では野中氏のスクラムに関するオリジナルの論文に触れつつ、知の創造やイノベーション、そしてリーダーシップのためにスクラムへたどりつく背景を解いています。
スクラムのエッセンスと理論的背景の解説
すでにスクラムやアジャイル開発について知識のある読者にとって、本書の第一章から第四章までの内容には、それほど新しい発見はないかもしれませんが、エッセンスがまとまっており現場の写真もあるため、はじめてアジャイル開発に触れる人には分かりやすく雰囲気がつかみやすいものになっています。
第一章 アジャイル開発とは何か?
第二章 なぜ、アジャイル開発なのか
第三章 スクラムとは何か?
第四章 アジャイル開発の活動(プラクティス)
本書の本領は第五章から発揮されます。リクルート、楽天、富士通におけるアジャイルの事例と採用の背景、担当者へのインタビューが紹介され、それが単に新しもの好きの技術者によるものではなく、ビジネス上の要請に基づき会社のカルチャーに合った形で採用されたこと、そして実際にどのような活動を行っているのかが伝わってきます。
第五章 スピード時代に独自のアジャイル手法 ワンチームマインドで挑むリクルート
第六章 小さく初めて浸透させる~楽天のアジャイルによる組織改革
第七章 「IT新市場」におけるアジャイル開発に取り組む富士通の挑戦
第八章から最後までは、スクラムという概念が初めて登場した竹内・野中論文に目を通し、野中氏の知識創造理論についての解説を読むことで、スクラムの背景にある理論に触れることになります。スクラムが流行や一過性のものではなく、経営理論やイノベーション、リーダーシップに結びつくしっかりとした考え方と結びついていることは、経営層や上司、取引先などを説得する大きな材料の1つになるでしょう。
第八章 竹内・野中のスクラム論文考
第九章 スクラムと知識創造
第十章 スクラムと実践知リーダー
特別対談 野中郁次郎×平鍋健児
本書は、企業の経営層に向けて、ソフトウェアの開発手法アジャイルとその手法の1つである「スクラム」を体系的に解説するものである。また、スクラムはソフトウェア開発のみならず、組織や企業活動、企業経営全体にまで適用できることを示し、この手法を取り入れ、ビジネスと一体となってソフトウェアを開発する組織や、その組織に息を吹き込む、新しいタイプのリーダーシップ像について考える。
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