ウクライナ軍に入隊したアジャイルコーチが、さまざまなメソッドを駆使して中隊長としてのリーダーシップを実現した話(後編)
アジャイル開発の代表的な方法論であるスクラムをテーマに、都内で1月に開催されたイベント「Regional Scrum Gathering Tokyo 2024」で、経験豊富なアジャイル開発のエキスパートとしてウクライナを拠点にアジャイルコンサルタントをしていたドミトロ・ヤーマク(Dmytro Yarmak)氏が、ロシア軍の侵攻後にウクライナ軍に入隊し、中隊長としてリーダーシップを発揮するためにさまざまなメソッドを駆使して軍隊の組織を変革していった経験を語ったセッション「A True Story of Agile Coaching in Ukrainian Armed Forces」が行われました。
軍隊という、企業とは異なる構造や目的を備えた組織で、しかも多くの民間人が入隊した直後の混沌とした状態において、アジャイルに関連したメソッドが機能していく様子は、ビジネスやシステム開発でのアジャイルの成功談とは異なる、ある意味で刺激的なストーリーです。
と同時に、ウクライナで戦っている人たちの中には、戦争が始まるまでは私たちと同じIT業界での日常を送っていた私たちと同じような人たちがいるのだ、ということを痛感させる内容にもなっています。
本記事では、そのセッションの内容をダイジェストで紹介します。本記事は前編、中編、後編の3つに分かれています。いまお読みの記事は後編です。
内発的動機付けへの取り組み
心理的安全性の話に戻りましょう。これまでのアメとムチのアプローチは実際には機能していませんでした。
そこで私は、ダニエル・ピンク(Daniel H. Pink)氏が著書で説明している内発的動機付けに取り組むことにしました。
内発的動機付けとは、報酬や称賛など外部から与えられるものとは関係なく、自分自身の内側から発生するモチベーションのことです。
自律的で自己決定権があること(Autonomy)、習熟に向けて挑戦しがいがあること(Mastery)、目的が存在すること(Purpose)、この3つが内発的動機付けに必要なものです。
すべてのウクライナの兵士にとって、目的の存在は明白です。そこで私は兵士が自律的であること、もしくは習熟しがいがあることのいずれかから着手べきと考えましたが、私としては何らかの責任をもってもらうためには、まず何らかの能力が必要だろうと考えて、習熟に向けて挑戦しがいがある環境作りに取り組みました。
前にも述べましたが、60万人が徴兵されたわけですから、彼らに対して政府が訓練を提供してくれることなど待てません。
そこで、退役した軍人を見つけて参加してもらい、放棄された病院を見つけて現役の兵士のための訓練拠点を作りました。
何百人もの兵士がこの訓練基地を利用しました。こうして私たちは兵士の能力向上を行ったのです。
政府の正式なトレーニングが始まるまで待った方がいいのではないか、という懐疑的な意見もありましたが、私はトレーニングのカリキュラムの作成など、さらに踏み込んだ取り組みを続けました。
フィジカルの面でのトレーニングも重視し、納屋に機材を持ち込んでジムのようなものも作りました。これは兵士が生き残るために本当に重要なことなのだと考えたからです。
委任の7つのレベルを使い分ける
情報の透明性を実現し、心理的安全性を作り上げることで失敗を恐れず積極的に責任を負える環境を構築したことは、私が自身の権限を誰かに委任していくのに役立ちました。
そして3つ目は「能力を引き上げる」です。ここでは「マネジメント 3.0」が役立ちました。
マネジメント 3.0によると、委任には単に指示するところから完全に委任するところまで、7つのレベルがあります。
- Tell:指示する
- Sell:説得する
- Consult:相談する
- Agree:同意する
- Advice:助言する
- Inqure:尋ねる
- Delegate:任せる
そしてリーダーはタスクにより、どのレベルの委任を行うかを選択できるのです。
例えば決裁について考えてください。小隊において兵士の休暇を決裁するのは小隊長が行います。小隊長は休暇を調整しつつ決裁しますが、兵士からは「娘の誕生日に休暇がとれなかった」などいつも悪者呼ばわりされます。
そこで休暇の決裁権限を兵士に委任しました。すると、休暇や配置を交換できるように兵士は相互に信頼関係を築き始めたのです。
リーダーシップの発揮がもたらしたもの
このように命令と統制にはいつもいくつかの選択肢があります。そして経験によってどれを選択すべきかは異なるのです。
私は私の経験から、あらゆるレベルでリーダーシップを発揮するために、情報の透明性を提供し、心理的安全性を構築し、能力を高めることでそれを実現することを選択しました。
おかげで、ようやく自由に使える時間が増えてきました。
そこでランニングが好きだったので周囲を走るようになり、また、危険だからと妻に止められていたバイクを買うことにしました。
私はこのバイクで各隊を回り、さらに状況が改善されていくのを認識するようになりました。
家に戻り、再び家族と一緒になれた
そしてウクライナ軍での最後の日を迎え、わたしは家に戻りました。
家は防空壕に避難した日のままでした。カレンダーは2月23日で、壁には家族の2022年の抱負が貼ってありました。
妻はその抱負に「別の国に住んでみたい」と書いていました。子供たちは「新しい言葉を学んでみたい」と書いていました。私は「サバティカル(長期休暇)がほしい」と書いていました。
この声は天に届いて、別の形でかなえられたのかもしれません。
私たち家族は再び一緒になれました。そして、今はデンマークに住んでいるのです。
私の会社「AgileDrive」はコペンハーゲンとキーフの2つのオフィスを構えるようになりました。
そして今、私は狙撃用光学機器、ドローン、サーマルビジョン、タブレット、地雷除去装置などのさまざまな機器を購入して仲間を助けています。
さらにアクションアフターレビューをウクライナ語に翻訳し、印刷して人々に配布することにしました。ウクライナにいる私の同僚は、ファシリテーションなどのスキルを持たない将校たちのためのラーニングコースを作っています。
私のセッションは以上です。ありがとうございました。
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