クラウドネイティブ化がLINEのネットワーク開発にもたらしたスピード。テレコム企業はOSSとどう付き合うのか。Cloud Native Telecom Operator Meetup 2022[PR]
5G時代にむけた通信事業者のネットワークインフラの進化について、技術や標準化、オープンソース、そしてアカデミックなどのさまざまな観点から議論を行うイベント「Cloud Native Telecom Operator Meetup 2022」(以下、CNTOM2022)が2022年11月11日、東京大学 武田ホールで開催されました。
イベントには5Gに取り組む主要なキャリア、機器やソリューションを提供するベンダなどから関係者が集まり、講演やパネルディスカッションを通して多くの議論、問題提起、提言などが行われました。
この記事では当日行われた16のセッションから、主な講演やパネルディスカッションの内容を紹介しましょう。
2025-30年のモバイルのランドスケープ
基調講演に「2025-30年のモバイルのランドスケープ」と題して登壇したのは、株式会社企 代表取締役 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科 特任准教授 クロサカタツヤ氏。
クロサカ氏は、これまでの約10年はスマートフォンを起点にしてクラウドが大きくなってきたとしつつ、しかしこの先もそのまま同じパラダイムでの成長が続くとは思えないと指摘。
メガトレンドを下敷きにして、世の中全体がクラウドネイティブにどう向かっていくか、社会のニーズの変化がどうなっていくかをテーマとして話を始めました。
メガトレンドとは、世界のあり方や位置づけを変化させうる、社会全体のマクロな動態(ダイナミックス)のことを主に指し、観測された実証的な事実の裏付けを前提とし、社会課題の特定や課題解決を促すもの。
PwC(Price waterhouse Coopers)と内閣府が明らかにしたメガトレンドが紹介され、その上で日本社会におけるメガトレンドの1つとして、クロサカ氏は高齢化を挙げました。
「これをもうちょっと客観で見てみると、あと2年で人口の3分の1が高齢者で、なおかつ高齢者の5分の1が認知症を患うというかなり確度の高い予測が厚生労働省から出ています。つまり、国民の15人に1人が認知症であるということです」(クロサカ氏)
この事態を目の前にしてクラウドネイティブでは何ができるのか。クラウドネイティブという新しいアプローチは何のためにあるのかを考えるときに、こういった視点は必要になるだろうと、クロサカ氏。
例えば、医療機関の多くが大都市にあるため、医療機関へのアクセスが不可欠な高齢者も大都市に多く集まるだろうと予想されます。
すると、通信のトラフィックやユーザビリティなど複数の観点からしていろんなリテラシーを持つ人々が都市の中で暮らしていく。
これは多様性と言える一方で、このぐちゃぐちゃな状態をインフラが本当に支えきれるのかといった、「大きな社会課題と立ち向かわなければいけないという時期に来たということなんだと思います」とクロサカ氏は問題を提起します。
通信が本当の社会インフラになるために
その上で「このときにクラウドネイティブは効く、使えるのではないかと思って、すごく期待をしています」とクロサカ氏。
「なぜかというと、もう皆さんには釈迦に説法ですけれど、クラウドネイティブは決してぽっと出ではないからですね。言葉としてはここ何年かで出てきたものだと思いますが、技術としてはいわゆるSDN(Software Defined Network)から10年以上の時間がたっていて、熟成してきている。これまで培ってきた技術経験ノウハウがこれから花開く時期に来ているだろうと思っています」(クロサカ氏)
「私たちの社会課題をテクノロジーで解決したいんだとしたら成長は絶対に必要だと思います。売り上げを大きくしていく、マーケットを通じてお客様と対話していく。うちの父親も90歳になるのですが、このテクノロジーが街の中に埋め込まれていたら、父親が街を徘徊してもお散歩になるよね、センサーネットワークってそういうものだよねと、そう言われるような社会を作りたいし、そこに住みたいと私は思ってます」(クロサカ氏)
「これが本当に電気、ガス、水道と同じようなインフラになるためには、社会課題と本当に向かい合う。人間のバイタルに必要なものを本当に供給できるかということ。24時間365日というだけじゃないんですね、本当にそこで、その技術が存在する、皆さんが動かしていることに意味があるのか、ということが問われていると思います」(クロサカ氏)
「この答えをクラウドネイティブは解決していく力があると思って私は期待しております。ぜひ皆様にご活躍をいただいて、私もそのご相伴にあずかれればというふうに思っておりますので、今後ともよろしくお願い致します、長くなりましたが私からは以上です。」(クロサカ氏)
Cloud Native NFV がチームにもたらしたもの
クロサカ氏による社会的な視点からの基調講演に続いて、2つ目の基調講演として行われたLINE株式会社 ネットワーク開発チーム 市原裕史氏による「Cloud Native NFVがチームにもたらしたもの」は、技術的な視点からクラウドネイティブがもたらした効果が語られました。
市原氏が所属するLINEのインフラでは、Verda(ベルダ)と呼ばれるプライベートクラウドが構築されており、サーバの90%以上はVerda上で稼働。
そして同社の物理サーバは7万台以上、うちVerdaでベアメタルサーバのサービスとして提供しているのが4万6000台以上、ハイパーバイザ上の仮想サーバは10万台以上。
Verdaを構成するソフトウェアは、IaaS基盤にOpenStack、ストレージにCephなど。ロードバランサーやNATなどは同社内で自作。
ネットワークはフルレイヤ3ネットワークで、Clos(クロス)ネットワークとして構築されており、市原氏のチームが管理運用をしているとのこと。
その上で市原氏は本題となるクラウドネイティブについて、「回復性、管理力、および可観測性のある疎結合システムが実現し、それを堅牢な自動化と組み合わせることで、エンジニアはインパクトのある変更を最小限労力で頻繁かつ予測通りに行うことができる」と言及。
「これがクラウドネイティブの目的だと私は考えていて。これを目指して私達のNFVコンポーネントを改良していきました」(市原氏)
NATゲートウェイを社内で開発した結果、問題発覚
その上で市原氏は、クラウドネイティブの考え方を取り入れる前に作ったNATゲートウェイの紹介をしました。
同社のプライベートクラウド内にあるサーバはプライベートIPアドレスがアサインされているため、このNATを通じてパブリックなIPアドレスを付けることでインターネットとの通信を可能にするサービスです。
このNATのコントローラはKubernetesのポッドで実現され、NATのコンフィグレーションはetcdで管理され、NATのコンポーネントもコンテナの上で動いているなど、かなりクラウドネイティブに近い作りになっていました。
しかし実際に運用してみるといろんな問題が発覚したと、市原氏。
例えば、NATサーバ自体は柔軟なスケールインやスケールアウトができず、手動で操作する必要があり、またNATコントローラのAPIなど多くが独自実装されているため、新しい人がチームにジョインするとアーキテクチャをまず学ぶところから始めて、デプロイ方法やモニタリング方法も全て学ばなければならないなどだ。
つまり、エンジニアがインパクトのある変更を最小限の労力で頻繁かつ予測通りに行うことが、結果的にはできなかったことになるのです。
クラウドネイティブNFVでチームに何が起きたか
そこで市原氏のチームはKubernetesの拡張機能であるOperatorをベースにしたクラウドネイティブNFVを構築します。
これによってチームに何が起きたか。
例えば、NFVのコンポーネントを順次アップデートしていくローリングアップデート機能を、学生のアルバイトが、しかもネットワークに全く触れたことのない学生が実装できたと市原氏は強調します。
「学生がBGPの元勉強から始めて2カ月で作ってくれました。何が良かったかというと、実際にはこの勉強期間はBGPの勉強が大半で、Kubernetesは最初から知っていたのでその勉強は一切いらなかったんですね。しかもKubernetesオペレータも検索すれば作り方が出てくるので、学生はそれでもう開発方法を習得して、すぐにこの機能を開発できたということが、実際に起こりました」(市原氏)
開発が高速になりオペレーションも自動化が進む
市原氏は最後に、クラウドネイティブNFVが私のチームに何をもたらしたのかを次のようにまとめました。
まず開発速度が本当に大幅に上昇したとのこと。Kubernetes Operatorをベースにして開発手法や運用を定型化することで、どうやって開発しようか、開発言語は何にしようか、などを考える必要がなく、それらの正解は他社の事例やオープンソースなどから得られるため、それを参考にすればよくなったと。
また、宣言的APIとリコンサイルのアルゴリズムで制御可能になったことでオペレーションの自動化が進み、オペレーションのミスやオペレーションにかかる時間が大幅に短縮されたことも実感したとしています。
そしてもう1つ非常に大きな点として、これまではネットワークコンポーネントの開発経験者を中心に採用していたのが、今ではKubernetesで開発したことがある人を採用するようになったと。すると、間口が広がり、いろんな方が応募してくれるようになったとしました。
国内の主要なモバイルキャリアはオープンソースとどう付き合うか
この日のイベントの最後に行われたのが、KDDI株式会社の辻広志氏をモデレータとして、NTTドコモの津留崎彩氏、ソフトバンク株式会社の渡邊大記氏、楽天モバイル株式会社の小杉正昭氏がパネラーとして登壇したパネルディスカッションです。
「クラウドネイティブ時代のオープンソースソフトウェアとの付き合い方」と題して、クラウドネイティブ時代に欠かせない存在となったオープンソースを国内の主要なモバイルキャリアがどのように扱い、また展望しているのかが議論されました。
50分にわたる議論のなかから特に後半のテーマとなった、オープンソースなモバイルコアアプリケーション(5Gコアなど)が商用サービスで使われるようになるか、についての発言を中心に紹介しましょう。
モデレータの KDDI 辻氏が、オープンソースが商用の(テレコムの)ネットワークで稼働する日はくるのだろうかという疑問を投げかけます。
辻氏「OSSが本当に商用のネットワークで稼働する日は来るのかっていう議論は結構夢のある話だし、どうなんだろうなって私自身は結構気になっています」
これに答える形で、ソフトバンクの渡邊氏は条件付きながら商用利用はありだと発言。
渡邊氏「どの程度使えるのかみたいな話なんですけど、OMNI JP(モバイルインフラのOSSコミュニティ)でもFree5GCを動かして、どのぐらいの性能があるのかデータがあるのでそちらを見ていただくとして。個人の感覚ですと、例えばローカル5Gみたいに基地局が1個でハンドオーバーは発生しません、データ通信だけで電話はいりません、とか、機能を限定して小規模だったら、アップストリームそのままは無理かもしれないですけど、フォークして改造すれば商用利用はありかなと思っています」
一方で、実際にオープンソースを商用サービスに投入するには、自分たちでメンテナンスをする体制が課題だと楽天モバイルの小杉氏。
小杉氏「例えば、じゃあこれを導入するとしたときにまず何を考えるかというと、もちろん性能や可用性をちゃんと担保しなきゃいけない。そうなると何かあったときに誰に助けてもらえばいいんだと。
オープンソース全般に言えると思うんですけど、やはり自分たちがオープンソースを使うと決めたら、自分たちの中にちゃんとソースコードをメンテできる仕組み、他に頼らない構造を作らないと使えないと思うんです。それができるかどうか、ということです。
でも前向きな話をすると、我々は仮想化でやっているので、例えばミニマムに入れてみて、駄目だったら安定してる現状に戻すのは結構できたりもするんじゃないかな。というのが個人的な意見ですね」
NTTドコモの津留崎氏も、社内にOSSを支える体制を作ることの価値の是非について言及しました。
津留崎氏「ネットワークファンクションの方にまでなってくると、やはり体制がそれでも全然足りてないと思っていて、ぶっちゃけて言うとネットワークファンクションはかなりお高い製品で、そこにOSSを使ったとしても、結局、品質面の確保とかで(既存の)ネットワークファンクションを作ってる会社が抱えてるだけの体制を、今自分たちで持ってやれるのか、やることに価値があるのか、という話になってきちゃうのかなと思います」
これらを受けて、モデレータの辻氏は、コミュニティで課題解決できる仕組みに期待を寄せたいとしました。
辻氏「そうですよね。1社だけでやるとなるとなかなかつらいので、それこそコミュニティが育って、みんなで課題解決できるという仕組み作りができないと、なかなか難しいんだろうなと思います。ありがとうございます」
OSSにどう貢献できるのか?
パネルディスカッション最後の話題になったのが、各企業がOSSやそのコミュニティとどう関わっていくかについてでした。
モデレータの辻氏が、次のように問題提起の発言をします。
辻氏「OSSがわれわれの中で非常に重要な立ち位置を占めている。それはいいことだと私は思います。けれど、流行りや廃り、いつこれが終わるかどうかも分からない、というところもあって、われわれのビジネスに重要なのであれば、そこにちゃんと関わっていくべきだなと私自身と思っていることです。
(略)
ただわれわれの会社はソフトウェアエンジニアを大量に抱えているわけじゃない。これからそういう会社にならなければいけないのかもしれませんが、今は少なくともそうではない。そうした中で、われわれができるコミュニティへの貢献って何だろうな、というのを考えていかなきゃいけないのかなと思ったりしました」
NTTドコモの津留崎氏は、会社による評価を変えていくかが重要と。
津留崎氏「基本的に出せるのは人かお金かどちらかなので、どちらかはやっていかないといけないのかなと。とはいえ皆さんご存知の通り、やっぱり携帯料金は下げていかなくては、みたいな流れがある中で、正直以前よりはお金が払えないところも出てきている。そう考えると、ある程度人の面で貢献していくことを考えなきゃいけないのかなと。
ただ人もお金がかかる話なので、それを評価してくれるように、どうやって会社の意識を変えていくか、みたいなところがやっぱり重要になってくるんですね」
楽天モバイルの小杉氏は社内の知見などをフィードバックできる可能性に言及。
小杉氏「何を貢献できるかで言うと、正直なところ、割り当てられるリソースがまだウチにはなくて難しいところではあるんですけれども。仮想化とかコンテナ化というところで実際にもうわれわれは運用をしていて、必要なOSSやそうじゃないものなどある程度知見がたまっている状況なので、私がそれを出していいとは言える立場ではないのですが、何らかの形でそういうフィードバックができると、ひとつ貢献の形としてはあるのかなと思っています」
ソフトバンクの渡邊氏も、情報をオープンにするところから始めようと提言。
渡邊氏「貢献っていろんな形があると思うんですけど、まずキャリアがこのオープンソースを使ってるよ、っていうだけでもコミュニティとしては嬉しいと思うんですよね。
開発に参加する体力はなかなか難しいと思うんですけど。検証目的とかローカル5G目的でこれを使っていますとか、そういうことを言うだけでも、おお!と、周りの人は思うと思うんです。そういうところから貢献を始めた方がいいなと思います
まずソフトウェアを自分たちで動かして、作り変えて、フィードバックを送る、という文化がどこまであるのか分からないですけど、例えば小さな部門の中でもそれを広めていく、みたいなことが必要かなと思います」
モデレータの辻氏がこれらの発言を受けて、次のように議論を締めくくりました。
辻氏「業界全体で考えていかなきゃいけない課題かなと私も思ってますので、引き続きこういう場だとかいろんな場でこういう話ができて、ぜひ業界全体でOSSを支えていけるような形にできたらなと思っております」
(本記事はCloud Native Telecom Operator Meetup実行委員会の提供によるタイアップ記事です)
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