透明で、改ざんできず、ダウンしない分散台帳を作る「ブロックチェーン技術」。取り組みが各所で進む
[執筆:ITジャーナリスト 星暁雄氏] ブロックチェーンと暗号通貨への注目が高まっています。日本のメガバンクである三菱東京UFJ銀行がブロックチェーン技術に基づく暗号通貨を開発中とのニュースには多くの人々が驚きました。ブロックチェーン技術に関しては、金融機関、証券取引所、電子政府、サプライチェーン、教育など多くの分野での取り組み事例が報告されています。
こうしたブロックチェーン関連のニュースを読むとき、一つの疑問が出てきます。そもそもブロックチェーン技術とはどういうもので、何ができる技術なのでしょうか。今回の記事では、ブロックチェーンに関する現時点での最大公約数的な説明を試みることにします。
透明で、改ざんできず、ダウンしない分散台帳
筆者が最近使っている説明は「ブロックチェーンとは、誰でも追跡できる透明性を備え、改ざんが事実上不可能であり、停止しない永続性を持つ分散型の台帳を作る技術です」というものです。
暗号通貨ビットコインの場合は、ブロックチェーン、つまり公開された分散型台帳にコインの所有者の情報を刻み込むことで取引を表現します。ビットコインのブロックチェーンは、サイバー攻撃を受けたりしながらも7年間に渡り実質的に無停止で取引を記録し続けています。そのような実績がある分散型台帳を他の目的にも使えるのではないかと考える人々が出てきているのです。「ブロックチェーン技術」という切り口で注目が高まっている背景にビットコインの実績があることは間違いありません。
専門家による短い説明の例としてしっくりきた例も紹介してみましょう。デジタル通貨の研究を続けてきた慶應義塾大学SFC研究所上席所員/Orbチーフコンサルタントの斉藤賢爾氏はブロックチェーンを「自動公知化マシン」と表現しています。ブロックチェーンに関する初の学術誌「LEDGER」誌エディタの松尾真一郎氏は「公開管理された元帳(Public Ledger)をP2P(peer-to-peer)ネットワークと電子署名の連鎖で実現する技術」と説明しています。
こうした説明を見て分かるように、「公開管理」されていて、信頼できる情報を「公知」にすることがブロックチェーンの本質です。
ただし、最近では一つの組織の内部に閉じたプライベート型ブロックチェーン、あるいは複数の組織で共有するが外部には公開しないコンソーシアム型ブロックチェーンも登場しています。非公開のブロックチェーンを使うメリットとして、以下の2点が考えられます。(1) 企業どうしの取引内容など公開したくない情報を扱うときに安心できること。(2) 公開型のブロックチェーンよりも高速に動作するよう設計できること。ただし、このような非公開のブロックチェーンに関する議論はまだ進行中で、共通見解と呼べるものはまだありません。現在進んでいる各種の取り組みの知見に基づいて、今後議論が深まっていくでしょう。
ブロックチェーンの状況を整理して把握する
ブロックチェーン技術はビットコインと共に誕生した技術ですが、今ではビットコインの派生技術(Open Asset、サイドチェーン)や、まったく新規に開発された技術(Ethereum、NEM/mijin、Orbなど)が多数登場しています。ビットコインの中核技術を指す言葉としてブロックチェーンという言葉を使う例もありますが、今回の記事では、さまざまなブロックチェーンをまとめて「ブロックチェーン技術」と呼んでいます。
実は、ブロックチェーンという言葉の正確な定義、範囲は専門家の間でも共通見解があるとはいえない段階です。筆者の意見ですが、ブロックチェーン技術と呼ぶ場合には以下の複数のグループがあると考えた方がいいでしょう。
(1) ビットコインそのもののブロックチェーン技術 (2) ビットコインの関連技術、派生技術として登場したブロックチェーン技術(Open Assets、サイドチェーンなど) (3) ビットコインに対抗して新規に登場したブロックチェーン技術(Ethereum、Orb、NEM/mijinなど) (4) 金融機関やエンタープライズシステムのニーズを優先した取り組み (Ripple、R3、Linux Foundationが推進するHyper Ledgerなど)
最近、B2Bのブロックチェーンの取り組みで名前が目立つのがMicrosoftとIBMです。Microsoftは、クラウドサービスAzure上にブロックチェーンをホスティングしてBaaS(Blockchain as a Service)と呼ぶサービスを提供しています(プレゼン資料)。このサービスは、世界の有力銀行11行が参加したR3による実証実験や(発表資料)、日本のみずほフィナンシャルグループらが参加する実証実験(発表資料)でも使われています。
IBMは、サムスンと組んでADEPTというIoT向けの取り組みを進めています。エンタープライズ分野では、日本取引所グループ(JPX)と共同で実証実験を開始するとの記事が出ています(発表資料)。
MicrosoftとIBMの名前がいち早く出てきたことは、両社ともブロックチェーン技術にある種の「警戒心」を抱いているのではないかと想像しています。自社ビジネスに大きな影響を与える破壊的テクノロジー(例えば、パソコンやインターネット、スマートデバイスなどです)は、初期段階では実像がよく分かりませんが、そのような技術を馬鹿にして取り組みが遅れると、のちに痛い目にあう可能性があります。MicrosoftもIBMも、過去に痛い目にあった経験があることから、ブロックチェーン技術にはいち早く取り組んで知見を蓄積することにしたではないかと想像しています。
日本からも、ブロックチェーン技術を開発するスタートアップ企業が登場しています。株式会社Orbの「Orb1」は、地域通貨発行などの応用を狙っています。テックビューロの「mijin」は、エンタープライズシステムの中で低コストの無停止システムインフラとしての利用を狙った取り組みが進んでいます。
専門家でも意見は非常に異なる
ブロックチェーンのインパクトを評価する人はたくさんいます。経済学者の野口悠紀雄氏は、著書『仮想通貨革命』の中で、ブロックチェーン技術に基づく暗号通貨(仮想通貨)をPC(パーソナルコンピュータ)、インターネットに続く第3の革命と位置づけています。ブロックチェーンと暗号通貨は、 「お金」「契約」「取引」「台帳」「証明書類」「組織」といった人々の社会活動にとってきわめて重要な要素を扱う技術です。社会に巨大な影響を及ぼす可能性があると考えるのが自然です。
その一方、個別のブロックチェーン技術の評価に関しては、専門家の間でも意見がまちまちです。例えば7年間連続稼働の実績を持つビットコインのブロックチェーンの実績を非常に高く評価する人もいれば、弱点だらけなのでより新しい技術を開発するべきだと考える人たちもいます。
筆者の意見では、ブロックチェーン技術に関する解説を読む時には、著者がどのような立場なのか──ビットコインを高く評価する立場か、ビットコインよりも新しい技術(例えばEthereum)を評価する立場か、そもそもブロックチェーンに懐疑的な立場か、そこも頭の片隅に入れながら読むのがいいと思います。
ブロックチェーンの特性は中心、運営主体がないことに由来する
「ブロックチェーンとは、誰でも追跡できる透明性を備え、改ざんが事実上不可能であり、停止しない永続性を持つ分散型の台帳を作る技術です」という説明をしました。この内容を手短に説明しておきます。
透明性があるのは、P2P(Peer-to-Peer)ネットワークのすべてのノードが共通の台帳を保持して公開し、誰でも中身を見ることができるからです。例えばビットコインのすべての取引は公開されていて、送金する金額(ビットコインの量)も送金先(ビットコインアドレス)の情報も丸見えです。
ブロックチェーンに記録した中身を見られたくない場合は、記録する内容を暗号化するか、あるいはプライベートネットワークで運用することになります。後者はプライベート型ブロックチェーン、あるいはコンソーシアム型ブロックチェーンということになります。
改ざんが事実上不可能な理由は、ハッシュ値の連鎖というデータ構造と、悪意のある参加者の存在を前提としたコンセンサスアルゴリズム(ビットコインの場合は計算競争のProof of Work)を併用しているためです。もし改ざんしたい場合、膨大な労力(ビットコインの場合は膨大な計算量)が必要で割りが合わないように設計されているのです。
なお、すべてのブロックチェーン技術が計算競争を必要とする訳ではありません。計算競争に基づかないコンセンサスアルゴリズムとして、Proof of Stakeなども登場しています。
ダウンしにくく永続性がある理由は、特定のSPOF(単一障害点)を持たないP2Pネットワークであること、そして逆説的な言い方になりますが、特定の運営主体がないためです。実際、ビットコインのブロックチェーンは7年間、実質的に無停止で動き続けています。特定の組織(企業や政府機関、民間団体など)が運営するサービスであれば、方針変更や財政難、政府の規制などによりサービスがシャットダウンする可能性がありますが、ビットコインは、そのエコシステムとインターネットが機能し続ける限り、誰にも止められない永続性を持つシステムなのです。
このような特性を、"Decentralization"(非集中化、分権化)と呼びます。特に、ビットコインやEthereumに取り組む人々の間では"Decentralization"は合い言葉のように使われています。パソコン、インターネットに続く革命がもし本当に起こっているとするなら、その将来の呼び名は"Decentralization"になるかもしれません。
参考資料
野口悠紀雄『仮想通貨革命──ビットコインは始まりにすぎない』(ダイヤモンド社、2014年)は、経済学者としての視点で仮想通貨(暗号通貨)を「革命」であり、現状の法定通貨よりも優れていると述べています。
ブロックチェーンによるDAO(分散自動組織)の可能性にもいち早く言及しています。暗号通貨とブロックチェーンの社会的なインパクトを把握する本としてお薦めです。ビジネス書なのですが、巻末にはビットコインで使われている楕円曲線暗号とECDSA署名の解説があるほどで、技術的な説明にも抜かりはありません。
コンピュータサイエンスの観点からの解説として斉藤賢爾『未来を変える通貨 ビットコイン改革論』(インプレスR&D、2015年)がお薦めです。専門用語を極力使わず、ビットコインのブロックチェーン技術を批判的に紹介しています。特にブロックチェーンの弱点を知りたい人にはとって必読書です。
また、下記の公開資料も参考になります。
オライリーのMastering Bitcoinの翻訳も進んでいるそうです。同書の有志による日本語訳のPDFが公開されているので、紹介しておきます。
あわせて読みたい
[速報]EMC、PCIe接続で共有型フラッシュストレージ「DSSD D5」発表。レイテンシ100マイクロ秒、1000万IOPS
≪前の記事
オープンソースのエディタ「Visual Studio Code」がChromeブラウザのデバッガプロトコルに対応。エディタから直接デバッグ可能に