見えてきたIBMのクラウド戦略、PaaSを強化し組み立て可能なサービス実現へ。IaaSでのAmazon対抗はせず
米IBMが毎年開催しているイベント「Pulse」は、もともとTivoli製品群とその分野に焦点を当てたものでした。しかし、今年の2月23日から3日間ラスベガスで開催された「IBM Pulse 2014」ではイベントのテーマをクラウドへと大きく振っています。
同社は昨年6月にSoftLayerの買収を発表、グローバルでデータセンター拡充に12億ドルの投資を行うなどクラウド市場での巻き返しに出ています。「IBM Pulse 2014」はその同社にとって、実質的に初めてクラウドをテーマにした大型イベントとなりました。
クラウド上のPaaSでビジネスを迅速に組み立てる
このイベントのジェネラルセッションやキーノートの壇上でIBMのエグゼクティブたちが繰り返したのが「Composable」(組み立て可能)という単語です。「Composable Service」「Composable Business」「Composable Environment」など、いくつかのフレーズの中で使われました。
Composableという単語で同社のクラウド戦略を端的に表しているフレーズとして、1日目のジェネラルセッションに登壇した米IBMシニアバイスプレジデント IBMグローバルテクノロジーサービス シニアバイスプレジデントのErich Clementi氏は「The Path to composable business is dynamic cloud」(ダイナミッククラウドが、組み立て可能なビジネスへの道筋である)と言っています。
すなわち、データベースやミドルウェアなどの機能を提供するさまざまなサービスを組み合わせ、モバイルアプリケーションでもデータ分析アプリケーションでも、どんなシステムでも迅速に構築できることが変化の速いビジネスの要求に応えることであり、それを実現するものこそダイナミックなクラウドである、ということです。
それを具体的な実装として見せたのが今回オープンβとなったPaaS型クラウドの「BluemMix」です。Java、Node.js、Rubyなどの言語に対応し、MySQL、PostgreSQL、MongoDBなどのデータストア、RedisやRabbitMQといったキャッシュやキュー、プッシュ通知やシングルサイオンオンなどのモバイル向けサービス、データ分析に利用できるMapReduceやBLU Accelerationなどのさまざまなサービスを搭載しており、プログラマはこれらを部品として組み合わせ、コードを書いていくことでシステムを構築できます。
こうした多様なサービスの共通基盤としてクラウドの機能を活用するというのがIBMのクラウド戦略です。そしてこれはオンプレミスにおいてPureSystemsで実現しようとしていたソフトウェアパターンの延長線上にクラウドを持ってきた、ということでもあります。
その意味でIBMの戦略はクラウド以前から一貫しており、あくまでも主役はミドルウェアレイヤやサービスレイヤであって、クラウドはそのための手段であるといえます。
IBMはこうしたミドルウェアレイヤの強化のために、オープンソースとしてPaaS基盤ソフトウェアを開発しているCloud Foundryとの連係を強化。Cloud Fondry Foundationの設立メンバーとなりました。
また、PureApplication Systemsで実装していたソフトウェアパターンをSoftLayerに載せることも発表しています。
Amazonクラウドとの正面切った競争はしない
一方で、SoftLayerにおけるIaaSの新機能や機能強化の発表はほとんどまったくありませんでした。IBM Pulse 2014で発表された一連のプレスリリースを見ても同様です。
IaaSレイヤへの言及があるとすれば2点。1つはNoSQLベンダのCloudantを買収し、SoftLayerでNoSQLデータベースのマネージドサービスを提供するという点。そしてもう1つはSoftLayerでWatsonのデータ分析サービスと物理サーバにPowerSystemを投入する、という点ですが、いずれもこれらはミドルウェアレイヤの強化策という文脈での発表だと読み取れます。
IaaSレイヤでのIBMの戦略は、オープンソースであるOpenStackを推進する、というものです。しかしSoftLayer自身はOpenStackを採用していません(OpenStackで提供される物理サーバを用いて利用者がSoftLayer上でOpenStackを利用することはできます)。
こうなるとIBMにとってIaaSレイヤは主戦場ではなく、Amazonクラウドと正面切って機能面、価格面などで競合することは考えていない、そこはOpenStackの進化などに任せる、という姿勢に見えます。
クラウド用のミドルウェアは成熟しているか?
IBMのクラウド戦略は、ミドルウェアとサービスを重視するという、SOAの時代から同社が一貫してきた姿勢をクラウドの時代に反映させたものに見えます。これはIBMの強みから見て当然選ぶべき戦略だったといえるでしょう。
しかし、クラウド市場においてPaaSは攻めるのが難しいレイヤです。それは現在のところPaaSを構成するミドルウェアのほとんどが、まだクラウド用ミドルウェアとして十分に成熟していないことが大きな要因です。
クラウドの伸縮性や柔軟性をAPI経由でミドルウェア自身が管理して、スケーラビリティやアベイラビリティを実現したり、マルチテナントで利用者やアプリケーションを分離することで高いリソース効率を実現するといった機能は、まだミドルウェアのほとんどが備えていません。
特に企業向けのミドルウェアはまだオンプレミス用のミドルウェアそのものですから、企業がクラウドを利用する際には、オンプレミスの構造に近いIaaS型クラウドを利用する方が構造がシンプルな分メリットが分かりやすく、移行もしやすいといった利点があります。
これを上回るほどのPaaSレイヤの利点を実現し、市場に訴えるには、(Google AppEngineやForce.comのように独自のクラウド用ミドルウェアを開発するのでなければ)クラウド対応ミドルウェアの成熟がまだ必要で、それには少なくとも1年以上はかかるはずです。
今回明らかになったクラウド戦略がIBMのクラウド戦略のすべてであると仮定するならば(今後IaaSの強化策が矢継ぎ早に出てくれば話は別ですが)、IBMのクラウド戦略とはAmazonクラウドなどの競合をすぐにひっくり返す、というものではなく、いずれクラウド市場の注目がPaaSレイヤへ移ってきたときに優位に立っているためのもの、と読めます。
しかし今のIBMにとって、そんな時間をかけた戦略でいいのか、という疑問もわきます。その答えも数年後に見えてくるのでしょう。
あわせて読みたい
GREEがOpenStackを導入した理由と苦労と改良点(前編)。OpenStack Days Tokyo 2014
≪前の記事
[PR] クラウドのようにスケーラブルだが運用はおまかせ、PHPのパッチ適用やWordPressのバックアップも手間いらず。NTTスマートコネクトのマネージドサーバ