プロジェクトリーダーに必要な6つの能力。スクラムの生みの親が語る、絶えざるイノベーションの創造(後編)

2013年1月21日

スクラムは、アジャイル開発における方法論の中でもっとも普及している方法論の1つです。スクラムという用語を用い、その考え方を最初に提唱したのは、1986年に一橋大学の野中郁次郎氏と竹内弘高氏が日本企業のベストプラクティスについて研究し、ハーバードビジネスレビュー誌に掲載された論文「The New New Product Development Game」でした。それが1990年代半ばにジェフ・サザーランド(Jeff Sutherland)氏らによってアジャイル開発の方法論としてのスクラム(アジャイルスクラム)になったわけです。

1月15日に都内で開催されたアジャイル開発をテーマにしたイベント「Scrum Alliance Regional Gathering Tokyo 2013」では、2日目の特別講演に野中郁次郎氏が登壇。「実践知リーダーシップとアジャイル/スクラム ~ イノベーションを生み出し続ける組織に求められるリーダーとは」という題で、プロジェクトにおけるリーダーシップについての講演を行いました。

本記事は「プロジェクトリーダーに必要な6つの能力。スクラムの生みの親が語る、絶えざるイノベーションの創造(前編)」の続きです。

ビジネスモデルはコトで捉える

知をいかにお金に変換するかが、ビジネスモデル。

そのときには、モノよりコトでとらえたほうがいいぞ、と。iPodはモノとして捉えるのではなく、コト作りのためのモノ作り。音楽配信という経験価値を与えるためのものだったと。

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モノ作りのためのモノ作りでは関係性が見えなくなるので、突き詰めていけばいかなるコトを作るか。iPodで言えば、マルチメディアの視聴体験を作る。そこまで考えると、誰が顧客であるか、いかなるユニークな価値を提供するか、コンセプトがクリアになってくる。

で、能力はあるか、どこをオープンにしてどこをクローズするか。ソフト、デザイン、あとは特許、これがビジネスモデルの基本的な考え方であります。

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伝統的な戦略論は、ご承知のようにマイケル・ポーター。彼の競争理論は極力競争をしないと。参入障壁を高めたり、価格決定権を顧客に握られると利益が出ないからと、さまざまな方法で市場の構造を守る。こういうのが支配的な考え方でした。

しかしドラッカーはそうではないと。企業のミッションは顧客の創造であると。そういう意味で、イノベーション、価値命題が重要だと。

いかなるバリューを提供するか、しかしバリューは主観ですから、いかに合意形成をしてみずからの真理を伝えていくか。だから、戦略以上に大事なのは人であり組織なんですね。

というわけで、コトで世界を作る。名詞ではなくて動詞で捉えていく。そのダイナミックな関係を洞察しながら、動きながら考えていく。スクラムのプロセスは、そういうことをやろうとしているのではないかと考えられる。

文脈の中で解を見つけなければならない

実践知には、すべてを総合するリーダーシップが大事で、それをフロネティックリーダーシップと言っている。

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フロネシスというのはアリストテレスの提唱したギリシャ語であります。

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こういうものは日本の得意技ではないかと思います。日本のコミュニティ、組織一丸となって世のために人のために知を生み出していく。

さまざまな変化の中でSECIプロセスを絶えず回しながら、持続的に知を生み出すリーダーシップ。

それぞれの文脈の中で解を見つけなければならない。現実の中でコミットメントしながらジャストライトの判断ができる。単なる改善ではなく、大きなビジョン、イデアというのがおそらく関わってくるが、最初から演繹的に絶対の真理があるわけではなく、しかしあると信ずる中で、組織で一緒になって動く現実の中で英知を結集し、ベターに向かっていこうというのが実践知の方法論。

これまでマネジメントではディシジョンが強調されてきたが、ジャッジメントはある事象の背後にあるコンテキストの読みですから、全部は読み切れない。そのつど動きの中で事象の背後にある関係性を、お互いのアサンプションを豊かにしながら、現実のただ中からコンテキストに応じてジャッジメントする。これがジャッジメントで、しかもタイムリーにやらなければならない。

そういう能力を、トップマネジメント、ミドルマネジメント、とりわけプロジェクトリーダーは勝ち取らなければならない。

リーダーシップに必要な6つの能力

フロネティックリーダーシップに必要な能力というのが6つくらいある。

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まず、何が善かというビジョンをつくる。2番目に、タイムリーに場を作っていかなければならない。3番目は、現実を直視し、その本質を言語化しなければならない。5番目に、それをスパイラルしながらやりぬくという政治力。きったはったしながら現実の中でタイミングを見ながらジャッジメントしていくのは二元論ではなく、コンテキストをみながら、物語で人を説得するとか、さまざまな方法論がある。それが政治力。

最後は個人の力ではなく、それを組織に入れ込む。人が育つと言うこと、リーダーがたくさんできるということ。ディストリビューテッドリーダーシップ。人を育てていくことが大事。

1番目。何がグッドなのかは議論があるが、世の中には幸福とか自己実現とか手段にならない価値がある。到達できる保証はないが、絶えずそういうのがあると信じて追求する。そのプロセスがグッドなんだと。

2番目。場をタイムリーに作る能力、文脈を共有する能力。本田宗一郎はジョークが好きだったと。ただ我々の調査によると、彼のジョークの半分は猥談でありまして(笑)

ホンダのワイガヤのプロセスは、良い宿、良い食事、よい温泉。まずこれを手配する。初日はみんな、自分の部門を代表するような発言をしているが、バトルみたいに三日くらいやってお互いの思いを知るようになる。

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3番目の現実直視。現実は日々変化しているので、現場で五感を総動員し、瞬時の想像力や判断力を高めていく。

4番目として、それをきちっとストーリーにする大局観。過去現在未来に渡ってどう大きな物語を作るか。コンセプト、ストーリーを作っていく。これはチームを元気づける。

5番目、あらゆる能力を総動員してそれをやりぬく情熱と勇気。まさにこれが非常に重要。

6番目、最後に重要なことが、これを組織に埋め込むこと。シュンペーターが指摘した問題は、組織は個を殺すと、だから自ずから崩壊せざるを得ないんだと。しかし我々はそうじゃないんじゃないか、組織と個人を豊かにする、そういうマネジメントがあると言ってきた。それがこの1番から5番、そして最後にこれができなければ組織人にならないぞと。

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個人の全人格に埋め込まれているフロネシスを分散的フロネシスにする。そういうことでしなやかな組織になる。そのためにはいろんな評価システムが必要かもしれません。

人を育て分散リーダーシップを作る

その中でやっぱり徒弟制度じゃないか。意図的に大きな負荷を与えて成長させていく。

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最近のプロジェクトは、会社の組織とプロジェクトをマトリックスにすることが多いのですが、それだと部分最適で終わるのではないか、といわれている。ダイハツのミライースでは、プロジェクトメンバーに帰るところはなく、全員がプロジェクトに移籍し、人事権がプロジェクトリーダーにあるというのをやった。その結果人が育ったと。そうして育った人たちが組織の中枢に配置される。これが最近のおもしろい例。

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アジャイルスクラムも大きなパースペクティブで考えたときに、分散リーダーシップを作るひとつのプロセスではないかと思う。

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シスコはトップダウンとして有名な企業だが、コラボレーション型へ移行をはかるといっている。彼らはサッカー型組織と言っているが、これなんかも分散フロネシスではないかと。

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全員経営というのは日本の強みではないか。絶えず外に向かってスクラムを組みながら、知をダイナミックに創造するというのは、日本のDNAに合っているのではないか。

中国のキャピタリズムが華僑由来のネットワークキャピタリズム、韓国が財閥のキャピタリズムだとすると、われわれは侍キャピタリズムではないか。世のため、人のための武士道。新渡戸稲造はこれを騎士道と言った。武士道を支えているのは知恵と博愛心と勇気。

知的体育系になろう

実践知のただ中でベターに向かっていく、そのときに必要なのは勇気ではないか。本田宗一郎は「試す人になろう」と言ったが、現実のただ中でいろんな推論を重ねながら実践知に近づくこと。それは知的体育会系になろうといえるのではないか。

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アジャイル開発とスクラム 顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント アジャイル開発とスクラム 顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント
本書は、企業の経営層に向けて、ソフトウェアの開発手法アジャイルとその手法の1つである「スクラム」を体系的に解説するものである。また、スクラムはソフトウェア開発のみならず、組織や企業活動、企業経営全体にまで適用できることを示し、この手法を取り入れ、ビジネスと一体となってソフトウェアを開発する組織や、その組織に息を吹き込む、新しいタイプのリーダーシップ像について考える。

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