クラウドの登場は日本のSIerをどう変えていくか?(前編) Cloud Days 2012
クラウドが単なる流行ではなく、本物のITの潮流であることが明確に認識されるようになり、企業向けの業務システム基盤としても真剣に検討されるようになってきました。
そうした中で、クラウドは日本のSIerをどう変えていくのか? どう変わらなければならないのかをテーマにしたパネルディスカッション「クラウドがもたらすSIの変革」が、2月28日に都内で開催された日経BP主催のイベント「Cloud Days Tokyo 2012」で行われました。
パネリストは3人。クラウドに積極的に取り組む大手SIerとして、電通国際情報サービス クラウド事業推進センター エバンジェリスト 渥美俊英氏、クラウドを中心に多くの案件を手がけるアイレット cloudpack事業部 エバンジェリスト 後藤和貴氏、そしてクラウド専業のSIerとしてサーバーワークス 代表取締役 大石良氏。モデレータは私、新野が行いました。
ディスカッションを通して、クラウド、特にIaaS系のクラウドに取り組むSIerがいま何を考え、どう取り組んでいるのかが浮かび上がってきます。その内容を記事にまとめました。
(なおこのパネルディスカッションは、アマゾンデータサービスジャパンが提供するセッションとして開催され、新野はモデレータの報酬を同社から得ています。本記事は報酬とは関係なく作成したものです)
パネリストはクラウドにどう取り組んでいるか?
新野 まずは渥美さん、後藤さん、大石さんそれぞれに自己紹介として、SIerとしてのクラウドへの取り組みを教えていただきます。
渥美 弊社は約2年前にAmazonのパートナーになりました。もちろんSIerですからそれ以外の案件も多数やっています。クラウドとしては、まず最初の1年は社内に向けて、世の中こういう風に変わっていくんだということを示すために社内向けのソリューションを主に作っていました。そしてこの1年は社外向けに技術開発しつつ、提案しつつ、SIerが持っているソリューションをクラウドに落とし込んでいく、ということをしています。
後藤 もともとアイレットはWebシステム開発などをやっていましたので、AWS(Amazon Web Service)を、安全で信頼性も高いということから、約2年前から自然な形で提供するようになりました。
2年前は、クラウドに対して、特に業務系では信頼性に不安を感じているお客様が多いようでしたが、この1年は日本の名だたる企業さまからも相談をいただくようになって、クラウドも本格的に始まったと感じるようになっています。
大石 弊社はもともと大学向けの、入試まわり、合格発表とか入試の受け付けとか、そういうサービスを提供していました。これは非常にスパイクなトラフィックが発生するサービスだったんです。例えば2月の特定の日の午前10時から15分のためだけに、サーバが200台必要とか、そういうものです。
で、これをなんとかできるソリューションを探していたら、どうも本屋のアマゾンが1時間10円で貸し出すらしい、ということを知りまして。2007年から使い始めまして、2008年にはこれはすごいと、世の中を変えるサービスだと思い始めて、そこで社内サーバ購入禁止令を出して、私たちはそこから自分たちが実験台になって使っていこうと、そしていまはAWSに特化したSIerとして活動をしています。
新野 この3人とのディスカッションで、今日はアジェンダを4つ用意しました。
- 1年たって、SIビジネスの何が変わった?
- 旧来のSIモデルで通用すること、しないこと
- クラウド時代に必要とされるSI像とは?
- クラウドにおけるSIビジネスの展望
クラウドには2つのアプローチがあると思います。
1つは、クラウドによって、早く安くできるようになった、という改善的なアプローチ。そしてもう1つは、クラウドでいままでできなかったことができるようになった、という革新的なアプローチです。この2つを念頭に置いてディスカッションしていければと思います。
クラウドはエンタープライズITで本格的に使える状況になった
新野 では1つ目のアジェンダへ行きましょう。渥美さん、渥美さんはすでに2年もクラウドのビジネスに関わっていらっしゃいますが、この1年でSIビジネスがクラウドによってどう変化してきたと感じていますか?
渥美 1年前、ちょうどAmazon東京データセンターができたときは「関心」が集まったように思いますが、最近は提案の中にクラウドが入ってきています。つまりクラウドが関心から現実解に落ちてきていると感じています。
新野 御社では全方位でクラウドに対応するスタンスに変わったとおうかがいしました。どういうことですか?
渥美 私たちは、受託開発、自社のパッケージ販売、そしてSAPなどパッケージソフトウェアの仕入れ販売、運用、コンサルティング、この5つの分野をやっていますが、この5つのすべてのモデルにおいて、クラウドソリューションを提供することにしました。
新野 つまりその5つの分野でクラウドが使える状況になった、あるいは使えるという確信を得たということですか?
渥美 そうです。例えばバーチャルプライベートクラウドのAmazon VPC、専用線接続のAWS Direct Connect、そういったサービスで業務システムとしても現実解として提供できる段階に至ったと考えています。
後藤 私が感じるのは、以前はお客様からこういうサーバのスペックでこういうサイトを作りたい、という、スペック重視の要求をいただいていたのが、最近はビジネス要件をお客様からいただいて、お客様はインフラのことについては気にしなくなっている、ビジネス要件にフォーカスされたもので依頼される、ということが多くなっています。
すると、クラウドではサーバが単純に仮想化サーバになるというだけでなく、もっとスケールして信頼性の高いシステムが提案できるようになったといえます。
新野 そうすると、クラウド以前は物理サーバならば冗長性のために複数台の購入が必要でしたが、クラウドだとそういう必要性がなくなりますよね。
後藤 はい、お客様のクラウドの理解も深まってきているので、なるべくそれを使いこなす提案をしてくれ、と言われます。
売り上げは下がるかもしれないが利益は上がっている
新野 そうすると、たぶん早く、安くなりますよね? つまり物理サーバだと納期1カ月待ちだったのが、クラウドならコンソールをパチパチやって、はいできましたと。それで納期が早くなる。
一方でハードを売る必要がなくなりますから、SIerとしては売り上げが下がりませんか?
後藤 はい。私たちは以前からお客様への最適解としてデータセンターも扱っていたので、そこからクラウドに移行したという面はありますが、それでも売り上げは下がったと見ていいと思います。
しかし利益という面では、クラウドを使うことで内部の効率が上がったりメンテナンスが楽になったりしていますのでコストは下がっていて、利益は逆に上がったと考えています。
新野 それは、お客様は値段が下がってハッピーだし、売る方は利益が上がってハッピーだと、そういうことですか?
後藤 あんまりおおっぴらには言えませんが、はい(笑)
新野 確かにそういうとお客さんに「もっと値段下げろ」と言われそうですね。
大石さんはいかがですか?
アジリティのためにクラウドを使う
大石 この1年ではっきり変わったのは、クラウドでは以前はスパイクトラフィックが生じやすいキャンペーンサイトなどで注目されていたのですが、最近ではアジリティ、スピードをあげるために使う、というオーダーが増えてきています。
昨年の震災直後に日本赤十字社さんのサイトがダウンして、それを30分でリカバリして48時間で義捐金の受け付けサイトを作った、そういうお話をすると、いままでの時間感覚って何だったんだろうと言われるんですね。
そこに注目されて、クラウドに移行することでもっとアジリティが高まるのではないか、そういうお客様が増えてきています。
新野 そういうお客様が増えたことで提案の幅が広がった、ということはありますか?
大石 あります。クラウドではスケールのことを考える必要がなくなりました。例えば私たちの規模では例えば数億円もする大規模なハードウェアは調達できないわけですが、そういう規模を気にせずに受注できるようになりました。
新野 つまり、今回のシステムだとサーバが100台必要だけれども、そんな大規模システムでもクラウドなら小資本で作れるから気にしなくていいと。
とすると、それは例えば大石さんのようなベンチャーの会社が、渥美さんのいる大手SIerとも競争することが可能になる、と考えていいのでしょうか?
大石 幸いにも渥美さんのところとコンペになったことはないのですが、大きなSIerとコンペになり、こちらが勝ったことはありました。
アジリティを活かすためには設計、開発も変えなければ
新野 渥美さん、いまの話をどう受け止めていますか?
渥美 大石さんや後藤さんと話をしていると、お客さんと打ち合わせしました、その最中に環境をセットアップして納品しましたと、そういう時代なんですね。なかなか私どもは社内のレビューボードなどがあって、そこまでできてないんですが。
でも必要なインフラがすぐに調達できるようになりました。ただ、業務系ではなかなかすぐに要件が決まらない、そういうところでクラウドだけ早くてもそれを活かしきれない、というところがあります。
新野 インフラの調達期間が短くなったとしても、その上に載せる業務システムの要件定義などまで早くできないと、クラウドのメリットが活かせないと。
それは次のアジェンダである「いままでのSIモデルで、クラウド時代に通用すること、しないこと」に関連するので、このまま渥美さんにお話を聞きつつ、次のアジェンダに行きましょう。
新野 いままでは「インフラの調達に2カ月かかるから、その間は要件定義をしておきましょう」そんな感じでしたよね?
渥美 そうです。でも、インフラの調達期間が短くなれば、開発のアジリティも高めなければ行ない。そのためにはアプリケーションのコンポーネント、認証や決済やCRMといったものを一通り揃えておいて組み合わせる、といったことをしないと、アジリティへの要求には応えられないと思います。
新野 設計方法や開発方法論を見直さなくてはいけない、ということですね。
古い技術しか使えないと生産性に後れをとる
後藤さんは、従来のSIモデルがクラウドに通用するところ、しないところについて、どうお考えですか?
後藤 クラウドを新しい技術だと考えると、古い技術しか使えない人は生産性において後れをとってしまうと現場で感じることが多いですね。
例えばクラウドでは仮想サーバだけではなく巨大なストレージも簡単に使える、それを工夫するとバックアップも簡単にできる、ということに気がつかないと、最適な技術の選択ができないと思います。
新野 いままではサーバの管理者、ストレージの管理者、データベースの管理者と別れていましたが、クラウドは全部APIで使えるようになりますからね。
後藤 そういうものの活用がカギになると思います。
新野 その活用のために、後藤さんの会社では具体的にどんなことをしていますか?
後藤 新しいクラウドのサービスがでたら、どこが良くてどこが悪いか、既存のものと比較してどうなのか分析をし、ビジネス要件にどう組み込めるか、日々研究しています。
新野 それもクラウドだからできる、という面がありそうですね。いままでストレージを検証しようとすると購入に何百万円もかかる、といったことになりかねませんが、クラウドなら1時間数十円で済みそうです。
後藤 そうです。もちろん会社のお金で研究するのも楽しいですが、何か新しいことが発表されたら家で試す、といったことも楽しいですね。
新野 私もふだんクラウド関係者の方に取材することが多いのですが、本当に皆さんクラウドが好きで、家でも使ってます、という人は多いですね。
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