パネルディスカッションを成功させるためにモデレータがしなければならないこと(本番編)
IT業界のイベントなどで行われるパネルディスカッションを成功させるためのノウハウについて、準備編はどのような事前準備をすべきかについて説明してきました。本番編では、本番でモデレータが果たすべき役割などについて紹介しましょう。
(本記事は「パネルディスカッションを成功させるためにモデレータがしなければならないこと(準備編)」の続きです)
マイク、スクリーン、机と椅子
パネルディスカッションを成功させるためには、ステージ上にセットしてもらうマイクやスクリーンなどの設備の面でもしっかりした準備が必要です。必ずこうしなければならない、というルールはありませんが、あったほうがよい、というものは確実にあります。
最も重要なのはマイクです。人数分のマイクが用意され、できればスタンドにセットされているか、ピンマイクがセットされているのが理想的です。
パネルディスカッションでは、パネリスト同士の議論こそもっとも面白い場面です。マイクがパネリストの人数分あることはそのための必須条件で、さらにいつでもマイクがスタンドにセットされて口元にあり、そのまましゃべるだけで音声がマイクに乗る状況であれば、パネリスト同士で簡単に議論の口火を切ることができます。
一方、マイクの本数が揃っていても、それが机の上に置かれていて手にとって口元まで持って行かなければ発言できない、となると、自分の発言の順番がきたときだけマイクを持って発言する、ということになりがちです。
現実には、きちんとしたイベント会場を利用した大きなイベントでないと、4~5人のパネリストとモデレータ全員のマイクがちゃんと揃うことはありません。数本のマイクを受け渡しつつ順に発言してもらうケースがかなり多いのが現実です。
こうした場合には、できるだけモデレータのマイクを確保した上で、モデレータ対パネリストの議論の構図を作り出すようにすると、観客には興味深く聞いてもらえるようになります。モデレータがいかに適切なパネリストに対して適切に突っ込んだ投げかけができるかが大事になります。
ステージ上のスクリーンには、アジェンダが表示されているのが望ましいでしょう。いま何について議論しているのか、全体の何番目まで進行したのかといったことがスクリーンに表示されていることで、観客は現在行われている議論を把握しやすくなります。
ときどき、スクリーンがステージの中央で邪魔をして、パネリストとモデレータがステージの右端と左端にきゅうくつに分かれて座らなければならないことがあります。あまり離れていると見栄えが悪いのと、ステージ上でモデレータとパネリストのアイコンタクトがしにくくなるので、できればスクリーンは少し高く掲げ、その下のステージ中央にパネリストとモデレータが一列に座れるのが望ましいでしょう。
ステージ上ではパネリストが長机に向かって一列に並んで座ることが多いのですが、たまにカジュアルっぽい議論を演出するためにハイチェアが用意されることがあります。これまでの経験上、ハイチェアで机がなく、頭の先から靴の先まで観客の目にさらされるというのは緊張しやすいものです。あまりステージ慣れしていないパネリストが多いときには避けた方が無難かもしれません。
ステージに大きなソファを置くスタイルは、米国のイベントで見たことがあります。日本では見たことも経験したこともありませんが、いつかやってみたい気もします。
モデレータが本番直前に用意するもの
本番当日、モデレータはパネリスト人数分プラスアルファ程度のアジェンダを印刷して持って行くとよいでしょう。アジェンダには、必ずモデレータおよびパネリスト全員の社名と氏名も記入しておきます。
モデレータにとって本番中に絶対に忘れてはならないのが、パネリストの社名と氏名です。これを忘れたら、パネリストの名前を呼んで話を振ることができません。そのために印刷した紙を忘れずに用意し、これを手にステージに上がります。
同じことがパネリストにも言えます。パネリスト同士もほとんどがパネルディスカッションのために招集された、初めて出会った人同士です。議論したくなったとき、すぐに相手の名前が呼べるように、アジェンダと氏名が印刷された紙を持ってステージに上がってもらうのです。
また、パネリストもアジェンダを印刷した紙を持っていれば、本番中にステージ上でスクリーンのアジェンダを見るために振り返ってお客さんに後ろ姿を見せることもなくなります。次のアジェンダを見て自分の発言を用意してもらうことで、よりよい発言も期待できます。
本番の30分~40分前には、控え室で流れを確認するための最終打ち合わせが行われるケースがあります。そのときにパネリストに印刷した紙を渡すことになるでしょう。パネリスト自身がちゃんと自分で印刷して持ってきてくれることもありますし、せっかく渡したのに控え室に紙を置いてきてしまう人もいます。その人のために、少し余分に印刷して、ステージに上がる直前にもう一度渡すこともあります。
さあ、ついに本番です。
ステージに上がってからアジェンダに入るまで
本番直前には緊張することもあります。特に大きなイベントでのパネルディスカッションは、主催者の大事なお客様がパネリストの中にいたり、パネルディスカッションそのものがイベントの目玉企画だったりすることもあり、数百万円から場合によっては一千万円以上はかけたであろうイベントの印象を左右しかねません。
緊張してお腹が痛くなることもあります。緊張に対して自分がどう反応するかは場数を踏んで慣れるしかありません。緊張したときに自分がどう反応するかが分かってくれば「そうか、これは緊張している反応なんだ。いつものことだ」と思えるようになって、緊張の中でも少しずつ自分をコントロールできるようになります。
さて、ステージに上がったあとの典型的な流れを紹介しましょう。
まず最初に、モデレータとしてよくやることがあります。立ち上がって今日のテーマについて軽く話すのです。立ち上がる、というところがポイントです。
パネルディスカッションを観客からの風景として見ると、ステージに中年男性が並んで座って何か話している、という以外のなにものでもありません。遠目で見ると、いま誰がマイクを握って話しているのかさえ分からない、ビジュアル的にはなんともつまらないものです(大きなイベントではビデオカメラで発言者の顔をスクリーンに映すことがあります。これだと話者が分かりやすくなります)。
だからせめて、モデレータは誰で、どの位置にいて、どんな声で話しているのか、というのを最初に立って観客に話しかけることで印象づけてしまおう、というのが最初にモデレータとして立って話すことの狙いです。場合によっては、アジェンダが変わるごとに、いったん立って「次のアジェンダは、クラウドによって売り上げはどう変化するのか? についてです。これは~」と話すことで、場面転換を観客に感じてもらおうとするときもあります。
アジェンダに入る前に、まず各パネリストに一分程度の短い自己紹介を順番にしてもらいます。これによって、ステージ上でどのような立場の人がこれから議論をするのか、ということをまず観客に把握してもらうのです。そしてモデレータの自己紹介を短くしたら、アジェンダに入ります。
ここからは事前打ち合わせでしたように、アジェンダに沿って進行していきます。
本番で使えるモデレータのテクニック
モデレータは本番中、どうすればスムーズかつ盛り上げつつ議論を進行できるでしょうか。いくつかのテクニックを紹介しましょう。
例えば、今年3月のイベント「Cloud Days Tokyo 2012」のパネルディスカッションで僕は、モデレータとして次のように問いかけています。
新野 では1つ目のアジェンダへ行きましょう。渥美さん、渥美さんはすでに2年もクラウドのビジネスに関わっていらっしゃいますが、この1年でSIビジネスがクラウドによってどう変化してきたと感じていますか?
まず名前を呼ぶ
モデレータとしてのもっとも基本的なテクニックは、「まず相手の名前を呼ぶ」です。名前を呼ぶことによって、相手は自分の問いかけを集中して聞いてくれます。そしてその瞬間から「どう答えようか」という準備をしてくれます。
まず名前を呼び、パネリストを不意打ちにしない。これは、モデレータがパネリストからよりよい発言を引き出すもっとも基本的なテクニックです。そしてパネリストの名前を呼ぶことは、発言が観客に向けられたものではなく、モデレータがパネリストに投げかけたのだということがはっきり分かります。観客も「議論が始まったぞ」と注目(注耳ですかね)してくれるでしょう。
観客に背景を伝えつつ質問する
名前を呼んだあとで質問をするわけですが、ここでは「渥美さんはすでに2年もクラウドのビジネスに関わっていらっしゃいますが」と前置きをしています。これは観客に「渥美さんとは誰なのか、どんな立場で答えようとしているのか」を伝えるためです。パネルディスカッションでは一般に個人名で議論が進んでいきますが、途中で「誰がどこの会社の人だっけ?」というのが分からなくなると、議論を聞いていてもつまらなくなってしまいます。
そのため、モデレータは名前を呼んだ後で「大石さんの会社はベンチャーなわけですが」などの説明を加えることで、ときどき観客にこの人はどんな立場の人か、どこの会社の人かを思い出すようにしてもらうのです。
答えやすいように質問する
また、前置きのある質問というのはパネリストにとっても答えやすいものになります。単に「この1年でSIビジネスがクラウドによってどう変化してきたと感じていますか?」と聞かれるより、「渥美さんはすでに2年もクラウドのビジネスに関わっていらっしゃいますが、この1年でSIビジネスがクラウドによってどう変化してきたと感じていますか?」と前置きがあったほうが、どのような答えを期待されているかが分かるので、答えやすいのです。
しかも事前打ち合わせですでに同じ質問を聞いたことがあり、本番でこの質問がくることも事前に分かっています。席順で自分の発言がいつくるかも分かっている訳です。こうした十分な準備があれば、渥美さんからはしっかり考えた上でのすぐれた発言が期待できます。
誰かが発言を始めると、それ以外のパネリストもその発言に触発され出します。モデレータとしては、そうしたパネリストの発言を促すことが次の仕事となります。そのための基本的なルールが「ランダムに指名しない」です。
ランダムに指名しない
事前打ち合わせの時点で「基本的に順番に指名します」と予告し、そのようにリハーサルも行っていれば、本番でもパネリストはすぐに「次は自分だな」とか「次の次だな」と分かります。頭の中で発言を準備してくれるはずです。
すると、あるパネリストの発言がひと区切りついたら「なるほど。では後藤さんはどうお考えですか」と次のパネリストにひとこと言うだけ、言葉のつながりによってはその後藤さんに手振りをするかアイコンタクトするだけでも発言がつながっていきます。こうして数人の発言がつながっていけば、活発な議論を演出できます。ひとりひとりのパネリストの発言ごとにモデレータが口を挟むことなく進行する、という場面はありです。
もちろん議論慣れしているパネリストばかりであれば、こんなテクニックはいりませんが、特に企業主催イベントのパネルディスカッションでは議論慣れしている人のほうが少ないので、ランダムに指名しない方法は有効です。でもそれでは単調になるのでは? というときに使えるのが次の方法です。
大事な言葉はモデレータが繰り返す
それは「パネリストの言葉をモデレータが繰り返す」です。パネリストの発言の中で、大事な言葉がでてきたと感じたら、その言葉をモデレータが繰り返しましょう。そこからパネリストはさらに詳しく解説をはじめたり、話題が広がっていきます。
すると議論の中で何が大事なポイントなのかが浮かび上がってきて、その後の議論の展開に影響を与えることができますし、なにより言葉のやりとりが発生することで議論らしくなり、進行にアクセントを加えることができます。
さて、議論が進行していくと、議論の切れ目、あるいはひとわたりパネリストが発言し終える状況になります。少し話題を転換したり、別の順番に入れ替えて発言してもらいたいところ。
パネリスト間の議論を作り出す
このときこそ、事前打ち合わせなどで把握した各パネリストの特徴を活かすときです。例えば、昨年の「クラウドごった煮」のパネルディスカッションにおいて、僕はビッグローブの発言のあとの切れ目で、モデレータとして次のような投げかけをしています。
新野 ここでは特に企業向けのサービスを中心とされているIIJさんとニフティさんにお話を聞きたいと思います。両社とも当然ながらハードウェアベンダではないですよね。いまのビッグローブさんの話をどのようにお聞きになりましたか?
基本的には、あるパネリストの発言を引き合いに出して、それとは立場の異なりそうなパネリストの意見を聞くのがいちばん簡単な議論を引き起すテクニックです。「山田さん。田中さんはいまこう言いましたが本当ですか?」と聞けばいいのです。パネリストの誰と誰の見解が、どの部分で異なっているのか、ここまでの発言とパネリストの立場を頭の中でざっとスキャンしたうえで、観客が知りたいと思っていることは何かを思い浮かべ、適切な組み合わせを見つけ出しましょう。
この例では、IIJとニフティという特定の2人を指定しています。各パネリストの特徴が頭に入っていたからこそ、すぐさま指名できたわけです。また、こうして任意の2名を指名したことで、実質的に発言の順番が崩れてランダムに指名したのと同じ効果となり、発言の新鮮さを取り戻すことができます。
そして質問に先立ち、2人の名前を呼んだのは発言者を不意打ちにしないためです。複数人を指名する場合でもこれは同じです。
モデレータが質問を投げかける
パネリスト間の議論を作り出すのは少し高等なテクニックなのですが、それよりも簡単にモデレータからパネリストに疑問を呈することでも簡単に議論を作り出すことができます。あるいは発言を基にした質問でも構いません。JavaScript MVC座談会では、パネリストの「フレームワークを使っても遅くならない」という発言が続いたのに対して、次のように返しています。
新野 お二人からは「遅くなることはない」というご発言でしたが、逆にこんな使い方をすると遅くなってしまう、というアンチパターンみたいなものはありますか?
要するにこれは「遅くならないって言ってるけど本当なの?」という、議論を聞いている人がおそらく感じたであろう疑問を、言葉を換えてモデレータが聞いているのです。プログラムが遅くなるかどうかと言うのは、観客がとても知りたいことであるはずです。だからこそ「遅くなりません」という発言に対してもっと詳しい説明を引き出すためにパネリストに発言を求めたわけです。
どの部分に疑問を呈してパネリストから発言を引き出すべきなのか、モデレータにとってはその場の判断力が勝負です。
こうしていくつもの発言が続けば、そろそろ次のアジェンダへ進む頃合いがやってきます。新しいアジェンダでは、また適切なパネリストを指名して問題提起をし、発言してもらい、そこから基本的には順番にパネリストに発言を促していくのです。
会場からの質問をどうさばくか
パネルディスカッションの最後には、会場からの質疑応答の時間を設けることがあります。このときの主な課題は2つあります。
1つは、変な質問がでてきたらどうしよう、ということと、時間がオーバーしないかどうか、です。
変な質問とは、たいがいの場合、質問ではなく自分の意見をとうとうと語るパターンでしょう。これはモデレータが勇気を持って途中で口を挟むしかありません。できるだけ穏便に、かつはっきりと「なるほど。でご質問の意図は?」などと遮りましょう。
時間がオーバーしないようにコントロールすることは、質問を受け付ける際の手順を工夫することでできます。例えば時間があと8分。たぶん2問~3問受け付けられそうだ、としましょう。質問がある人に挙手してもらう際には、ひとりが手を挙げてもまだ指名せずそのまま待ってもらい、二人目、三人目の質問者まで同時に募集するのです。そして締め切ったら「ではまず三人の質問をまとめて先に聞きます」と言って、質問者に順に質問してもらいましょう。三人まとめて質問することがプレッシャーになり、手短に質問してもらうことができます。
また、このとき各質問者が質問したところで「この回答は山田さんにお願いしましょう」と先にそれぞれの回答者をモデレータが指名してしまいます。これも発言者を不意打ちにしないための工夫です。質問者が順に質問しているあいだ、回答者は発言を準備することができます。
質問者が質問し終わったら、あとはステージ上から順に回答する番ですから、モデレータは発言時間を容易に管理しやすくなるはずです。
あとがき
モデレータのノウハウなんて書ける人はそんなにいないはずだから、いつかちゃんと書かなくては、とずっと思っていたのですが、いざ書いてみると、果たしてこんなニッチなノウハウを必要としている人がいるのだろうか? と、やや不安になっています。
また、ここに書いた内容は、自分の中に蓄積されたノウハウの一部でしかありません。とはいえ、体験で得たものを体系化して言語化するのはなかなか難しいですね。いつか追記できることが積み重なってきたら、この記事をバージョンアップしていきたいと思います。
モデレータを経験すると、誰かがやってるパネルディスカッションがより面白くなります。みなさんも機会があればぜひ経験してみてください。
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