特許庁の基幹システム失敗の背景にある、日本におけるITプロジェクトの実態
今週月曜日に公開した記事「特許庁の基幹システムはなぜ失敗したのか。元内閣官房GPMO補佐官、萩本順三氏の述懐」は、記事に対して数多くのブックマークやツイートが行われ、大きな反響をいただきました。
その萩本氏から「問題提起だけで終わるのではなく、こうあるべきだという提案もしたい」、という依頼をいただいたので、記事にいただいた反響への返答という意味も込めて、萩本氏の提案についても掲載したいと思います。
以下からは萩本氏の文章となります。
これまでのIT業界の慣習を捨て去り、あるべき姿へ
僕が日記(注:記事の元になったFacebookへの書き込み)を書いたのは、二度とこのような案件が出ないよう本質的な問題提起をしようと思ったからです。
それが僕の責任だと思いました。
本質的問題を提起したつもりですが、しかし本当に理解していただいたのかというのが心配でもあり、また理解していただいたとしても、今後何をどう取り組んでいけばよいのかが読んだ方には解らないのではないか、とも思っています。
そこで、このことをもう少し書いてみようと思います。
そもそも業務とITは切り離せない存在です。特に最近のITシステムは、大きく業務を変革させ、価値を生み出すようなタイプのものが多くなっています。昔のように、単に画面帳票による効率化という時代は終わっているのです。
しかしながら、現在でも業務要件からシステム要求を出すのはユーザ側の責任。それを持って要件定義して開発するのはSIer側の責任となっています。
実際には、システム要件は手段としてITをどう使うかによって大きく変わります。というよりも、ITで業務要件を大きく変えることによって価値が創出されているのです。特許庁システムは、上記性質が非常に強い案件だったと考えています。
このような状況は、政府のシステムだけではなく、民間でも多く見られます。僕が本当に指摘したいのは、この日本におけるITプロジェクトの実態です。
そもそもITの使われ方が業務と密接に絡んでいるのに、ユーザはITをSIerに丸投げしてしまう、あるいは業務プロジェクトのIT化の進め方が解っていない。一方のSIerも業務の変革に踏み込もうとしない。あるいは踏む込む知識を持ちえない。
このような状況になっているのは、システム要件定義から始まる開発契約という日本のITにおける慣習が邪魔をしています。日本人は慣習に弱いのです。これが現代のビジネスに合わなくなっているのにもかかわらず、この慣習から逃れられません。
欧米では、ユーザ企業の中にITアーキテクトが存在しており、少なくとも日本より業務とITが近い所で回っています。
この問題を解決するには、ユーザ企業(政府)のIT部門を強化して、戦略的に業務とITをどのように活かすかという仕様を固めることです。しかし、それではSIerの仕事がなくなる、ということになります。日本の現状を考えると、そう考えるのには無理があります。
だとすると、このユーザ企業(政府)とIT企業の関係を踏まえて考えたこれからのあるべき姿とは、下記のようなものになるでしょう。
■IT企業(SIer)
ユーザ企業の戦略を踏まえ業務設計能力を持って、業務設計の中でIT活用をどうするかという設計(および試作)ができなければならない。もしアジャイル開発を活かすならば、ここで行うべきだと考えています。
■ユーザ企業(政府)の情報システム部門
業務変革・改善における戦略を踏まえ、業務設計をSIerと共同で行い、IT活用を具体化し、それを自分たちの将来の業務として覚悟してプロジェクトを進める能力と意識。
戦略・業務・ITというレイヤでユーザ企業とSIerのスキルがカスケードしていることが重要なのです。知識をカスケードさせること。これが業務スキルをITに繋げ、早い段階で結果イメージを予測し、価値を検証するコツだと思います。
■業務設計プロジェクト
ユーザ企業(政府)とIT企業双方のメンバで構成され、しっかりとしたビジョンと戦略を持ち、業務設計の中でITをどう活用するかというイメージを確立する。そして、それを進めるためのプロセスとスキルを持っている。
これからのIT企業の責任を果たすためには、企業戦略(あるいはプロジェクト戦略)を踏まえた業務設計を上流と考え、そこでIT力を発揮するためのスキルやリスクマネジメント、プロジェクトマネジメントを再構築し学ぶべきです。
そして、できればユーザ企業や政府に指導できるような能力を身につけてほしい。それが僕を育ててくれたIT企業への熱い思いです。
さらに言うと、これを急がないと、政府、日本企業(ユーザ企業、IT企業)の状況はどんどん悪くなり、他国にますます後れを取ることになると考えています。
日本の未来のためにも是非IT企業の経営者、技術者、そしてユーザ企業、政府のみなさんに、現在の慣習を捨て去り、このことに挑戦してほしいのです。
日本の将来のために!
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