クラウド時代のソフトウェアベンダーは何を目指す? SaaSとBYOL、2つのモデルを議論する
クラウドを活用したソフトウェアの提供方法としては、サービスとして提供するSaaS(Software as a Service)がよく知られています。しかしクラウドにおいても、従来のパッケージソフトウェアビジネスと同様に顧客がソフトウェアのライセンスを購入し、それをそのままクラウド上にインストールして利用する形態が、BYOL(Bring Your Own License、自分のライセンスをクラウドに持ち込む)と呼ばれて利用されています。
クラウド時代のソフトウェアベンダー(ISV、Independent Software Vendor)にとって、SaaSやBYOLといったソフトウェアの提供形態がどのような意味を持っており、それぞれをどう展望しているのでしょうか?
9月13日と14日の2日間行われたAmazonクラウドのイベント「AWS Summit Tokyo 2012」の最後に特別セッションとして早稲田大学客員教授 丸山不二夫氏主催の「クラウド研究会」が行われ、そこでソフトウェアベンダーから3社から論客が登壇、議論しました。
1社目のインフォテリアは、データ連携ミドルウェアのAsteriaや、iPadでドキュメント共有を実現するHandbookなどを提供。2社目のネオジャパンはグループウェアのdesknet'sが主力製品。3社目のアプレッソもデータ連携ソフトウェアのDataSpiderなどを提供しています。3社ともクラウド上でのソフトウェア展開をすでに実現しています。
金曜日の夜の最後のセッションとあって、会場ではビールを飲みながらなごやかな雰囲気の中で議論が交わされました。この記事では3社を中心とした議論のダイジェストを紹介しましょう。
実はSaaSよりもBYOLの方が多い?
パネルディスカッションは司会の小島氏より、クラウドがIT業界にもたらすインパクト、特に今回はISVへのインパクトについてどう考えるか、というテーマで始まりました。まず、各社が自社のクラウドとの関わりについて話し、続いて本題である、クラウド時代のISVのビジネスモデルについて議論が始まります。
小島(Amazon) Amazonはクラウドベンダーとしていろんなお客様とお付き合いがあります。そこでのISVのビジネスモデルは2つに分かれているようです。
その1つはSaaSですが、実際にはもう1つのBYOLが方が多いようです。
平野(インフォテリア) うちは2007年からSaaSを始めていますが、最近の傾向でいうとBYOLが増えていますね。BYOLの場合、例えばAWSで動作するかどうかをサーティファイしますが、私たちのビジネスモデルがこれまでと変わるわけではありません。
小島 ISVにとってSaaSはお客様からの売り上げのタイミングが変わるので、それによって営業へのインセンティブも、パートナーのモデルも変わります。結構いろいろ変わるんですよね。
狩野(ネオジャパン) SaaSは2006年から、ASPへの提供は2000年からやっていますので、かれこれ12年くらいやってきています。この取り組みは大事に思っていますが、SaaSやASPはこれから限りなく減っていくのではないかと思っています。(発言に会場ざわつく)
SaaSよりむしろBYOLの方に進む可能性があると思っていて、5月にはdesknet's on Cloudを始めました。BYOL、SaaSどちらも発表して、ソフトウェアのライセンスを保っている方はそのまま移行できますよと宣言しました。
小島 クラウドにソフトウェアを持ち込むBYOLについて、開発の面ではどうですか?
小野(アプレッソ) 私たちはこれまでオンプレミス用のソフトとしていろんな稼働環境でテストしてきたので、クラウドの環境だから動かないということはほぼないです。ですからBYOLも特に問題は感じません。ただ、新規でこれからソフトウェアを作るとしたら、SaaSの方が(クラウドという環境に絞り込めるため)小さく始められるのではないかと思います。
小島 パッケージベンダーの方はBYOLのビジネスをこれまであまり考えてきていなかったのかもしれません。「(パッケージのライセンスを)ごく普通にクラウドに提供すればいいのでは?」と素直に考えるのがかえって目からウロコのようで、従来のソフトウェアはクラウド環境では動作しないと思われていたりします。
クラウドはバズワードとなっていますが、業界でもまだ理解が浸透していないのかもしれません。
丸山 たしかにBYOLはIaaSでの話なので、SaaSとBYOLを比べるというのは分かりにくいのかもしれません。
BYOLはいずれなくなるのか? SaaSは儲からない?
平野 技術者はクラウドのような新しいものをどんどん研究する傾向にありますが、経営層の方がブレーキを踏んでいます。SaaSを始めると、いまのビジネスの共食いになってライセンスが売れなくなるのではと、まだ躊躇(ちゅうちょ)しているところは多いと思いますね。
狩野 技術系は確かに、クラウドが出たときから検証する取り組みをやっているところは多いと思います。ビジネスモデルの面では、われわれのような中小の方が率先して変えてきたというのが事実です。私どもは今年、おそらくクラウドの方がパッケージを抜くんですね。6年かかってここまできたと。
平野 お金の面で話すと、SaaSはサブスクリプションなので少額を長くいただくモデルですが、パッケージではライセンス費用を最初にどーんといただく。ISVはただでさえ先行投資のビジネスじゃないですか、それがさらに月額でお金をいただくというのでは経営判断的にSaaSは難しい、というところは多いんですよね。そういったお金の流れも考えなければいけない。
でも僕はBYOLは発展途上の形態で、いずれなくなると思っています。BYOLは固定された組織があることを前提としているんですね。でも今後はダイナミックな組織やチームになっていく。すると、これは誰のライセンスですか、というのが確定できなくなっていって、5年くらいのスパンで見るとやっぱりSaaS、ネットワークで利用者に直接ライセンスする、ということに賭けています。
そうでないと、組織がダイナミックになるということについて行けないと思います。
狩野 それはアプリの性格や内容によると思います。
クラウドが出てきて脅威に感じるのは、インフラの料金がまるはだかになってきたこと。これだけインフラの料金が安くて透明になると、さらなる価格の下方圧力がかかる。エンタープライズでは安いインフラに安いものをインストールして使うのが出てくる。グループウェアでは無料に近いところに押し下げられる。
SaaSは障害対応や運営対応など、ユーザーが増えるごとに大変になる。ユーザーが増えるから儲かるだろうと単純には考えられないと思っています。
小野 BYOLは僕も途中経過だと思っていて、クラウドのメリットが生きるシステムを考えたとき、夜間バッチが必要なときだけインスタンスを立ち上げる、といった従量課金の方が合っている。
でも経営面でいえば、(SaaSのように)あとからお金が入るより、(ライセンスのように)いまどかんと入る方がいい。だけどこれはどこかでハンドルを切らなくてはいけなくて、従量課金の方がクラウドに合っていると思います。
BYOLとSaaS、誰が選択しているのか?
会場から質問 BYOLは資産となる一方、SaaSは経費として払えるので、経理上のユーザーメリットがありますが、そのリアリティはどうお考えでしょうか。それから、私はストレージベンダーに努めているのですが、例えばAmazon S3などが発展していくとストレージベンダーはどうなるとお考えか、教えてください。
平野 クラウドかどうかは、コストの視点よりもセキュリティポリシーで決めているお客様の方が多いですね。自分の管理下などのデータセンターにしかデータが置けない、というときにはBYOLを選択します。一方、SaaSを選ぶのはエンドユーザーが推しているときが多いです。コストよりセキュリティの話ですね。
小島 ある大手SaaSベンダーさんと話をしたことがあって、そこでは情報部門を絡めずに導入されることがあるそうです。というのも、会社では従量課金に対する根強い抵抗があって、ハードを買わずに済むからコストが安く済むのに、従量課金だといくらかかるか事前に分からないので予算化しにくいところがあって、コストは下がることは間違いないのに社内のプロセスがそれに合っていないのでSaaSが選べない、というお客様がいらっしゃると。
丸山 ストレージベンダーはどうなるか。僕は実はITの変革を推進しているのはハードウェアだと思っていて、足を引っ張っているのがソフトウェアだと思っています(会場笑い)
プロセッサやストレージなどは情け容赦なく進化していきますが、ソフトウェアは従来のシステムとのコンパチビリティなど、しがらみの固まりです。これはいい対比で、ハードウェアの方がずっと現実を変えていく力を持っていると思います。
ストレージは確かに、僕は以前はすべてネットに行くだろうと思っていましたが、その錯乱要因があって、それはストレージがすごく安くなっている一方で転送料金は思ったほど安くなくて、ローカルに置いておいた方が安い、という選択肢がまだある。
でもイノベーションを起こすことを考えれば、ハードウェアの未来はまだあると思います。
ここから先のISVがどうあるべきか?
小島 混沌とした時代に、ビジネスモデルも技術的にもいろんな選択肢があります。ここから先、2年から3年のビジネスを見たときに、各社どうあるべきだと考えているのでしょう?
小野 クラウドの印象としては、アラジンの魔法のランプが現れたといった感じ、つまりハードウェアは目の前にないけれど、いきなりどこかにリソースが現れて使えるようになる。
そういうものが出てきた時代に、いつそこへ乗り換えるのかとゆっくり検討するのではなく、まずランプをこすってみて、それに乗ってどこまでいけるか考えながらどんどん使った方がいいんじゃないかと思います。
うちの方向性でいうと、そのインフラ周りはまかせろ、というソフトウェアを作っていきたいと思っています。
狩野 ソフトウェアのベンダーとして、物作りに徹するというのがわれわれのスタンスかなと思います。どんなプラットフォームの変化があっても、そこで動くソフトウェアをコミットすると。不可欠なのはパートナーだと思うので、そこで担いでもらえる製品品質や仕掛けが大事です。
この先、各クラウドベンダーからは、クラウドのプラットフォームを使っていろんなアプリケーションをデリバリする仕組みが出てくるでしょう。そういう仕組みの上でも使ってもらえるようなものを出していきたいと思っています。
平野 ISVはどうあるべきかといえば、とにかくクラウドの波にすぐ乗ろうと。そして自前主義に陥らない。
クラウドはいろんなものとつながっているので、いろんなものをつなげて使える、そういうソフトウェアの価値を早く提供するのがISVの姿だと思っています。
丸山 ISVはソフトウェアを作る企業で、それをクラウドに乗せるのは大事なこと。そしてクラウド時代のISVでいうならば、どういう新しいソフトを開発するのか、というところがいちばん大事。
小島 やはり「踏み出す」というのがAmazonにとってもテーマだと思っています。またこういったテーマを、エコシステム全体でお話ができればと思っています。ありがとうございました。
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