クラウド時代にSIerはどう生き残るのか? 人月ビジネスからどう脱却するのか? 大手SIer役員にインタビューしました
リーマンショック以降の決算が軒並み大幅減収だった大手SIer。この状況は、景気が回復すれば持ち直すなどと楽観視できません。その背景には、クラウドや仮想化技術などによるシステム単価の下落や、ユーザー企業による内製化の進展による案件の減少といった構造の変化があるからです。
こうした構造変化の中で、SIerは今後の成長戦略をどう描こうとしているのでしょうか? また、その中でどんなエンジニアが今後必要とされるのでしょうか?
ブログ「GoTheDistance」のブロガーで、「ござ先輩」として知られる湯本堅隆氏から、こんな主題でインタビューしてみたい、という企画がPublickeyに持ち込まれました。湯本氏は、自身もかつてSIerに勤務し、現在は中小企業の情報システム担当に転職したという経歴の持ち主で、ブログでもSIerやエンジニアのあり方について積極的に自分の意見を表明しています。
クラウドの時代にSIerがどう生き残っていくのかは、Publickeyでもテーマとして追っていますので、その企画に「いいですね、やりましょう!」とふたつ返事で応じ、今回のインタビューが実現しました。
インタビューをさせていただいたのは大手SIerの1つで、湯本氏の以前の勤務先でもあるアイ・ティ・フロンティアの四居雅章上席執行役員です。インタビューはなごやかな雰囲気で始まりました。
クラウド時代に成長するには、顧客戦略を変える必要がある
これからのSIerはどう成長していくべきなのか、成長戦略について、そしてそこで働くエンジニアにはどんなスキルセットが必要なのでしょうか? といったことを今日このインタビューで聞ければと思っています。
四居氏 私は実は弊社のことをSIerとは思っていないのです。そのことについて少し先にお話しておくと、弊社は三菱商事の情報システムを支えるというミッションも持っており、ただシステムを作ってリリースしておしまいではなく、システムを運用していく中でお客様に満足を与える、ITサービス産業そのものを体現していると思っています。
その中でSIerのビジネスとしてソフトウェア開発の部分を見ると、ここはすごく大きく変わると認識しています。
例えばクラウドの登場によってシステム単価が非常に下がる、あるいはオフショアとの競合で開発者の人件費が下がるといった変化が起きていると言われていますね。
四居氏 その認識はまったく同感で、危機感をもっています。クラウドやSaaSの登場で、汎用機の延長線上で作られてきた情報システムのビジネスは大きく変わっていくのではないかと思っています。つまり、今までのように経理、人事、給与、在庫管理、販売管理といったバックオフィス系のシステム化、特に大企業中心のシステム化だけを考えていたら、これは価格も下がっていく。
けれども、クラウドによって中小中堅企業の方々が、少ない投資で大企業と同じことができるようになる。大企業がシステム化で利益をあげていたのと同じことが、中小企業でもできるようになる。この市場は非常に大きい。
だからクラウドの時代には、既存の顧客だけを見ていたら間違いなくビジネスが小さくなる。成長していくには、顧客戦略を変えて見ていかなければいけないと思います。
なるほど。
四居氏 大企業を見てもバックオフィス系だけにIT投資しているのではなく、例えば金融業ではITによって新しい商品を作ることが盛んですし、製造業では例えば自動車のモデルチェンジのサイクルが速くなっています。
速く安くできれば市場の変化にどんどん応えられるようになります。そうなればシステムの開発点数もあがらざるをえない。いままでどおりのシステム開発をしているかぎりは、大手企業も勝てなくなるでしょう。
エンジニアに大事なのは業務知識
そのときにエンジニアに必要とされるスキルとは、やはり業務知識が大事になってくるのでしょうか?
四居氏 そうでしょう。中小企業は既存のシステムがない場合が多いので、要件に対して素直にシステム構築ができると思います。しかし大企業では既存のシステムがたくさんあります。それとどうリンクしていくか、といった知識が必要です。
例えばSaaSでよいサービスがある、それはいいのだけれど、それを採用した場合に会社全体のビジネスプロセスの中でそれをどう回していくか、という課題が出てきます。その部分をシステムとしてどう実現していくか、お客様のビジネスを理解し、既存システムのデータ構造やアーキテクチャを理解したうえで対応していく、ということが求められると思います。
顧客の内製化も進んでいるように見えます。自分のところで要件定義をして、外部設計をして、クラウドなどで簡単にアプリケーションを開発できる環境も整ってきていますし、御社のGeneXusといったツールのように、仕様書を入力するとアプリケーションができる、といったものまで登場しています(注:「GeneXus」とはアイ・ティ・フロンティアが扱っている、設計情報を入力するとプログラミングせずにアプリケーションを自動生成できる開発支援ツール。参考:日本でも100社以上が導入 「アプリを自動生成」GeneXusの実力 - 日本経済新聞)。
四居氏 そこはお客様の戦略ではないでしょうか。すべてのお客様が内製にするというわけではなく、バランスだ思います。
システムの開発には1年かかるのものもあるし、数日でできてしまうものものある。とはいえ、大事なシステムの骨格を作るところはそれなりの工数がかかるのですから、それは外だししていくのではないでしょうか。
そうした適材適所で使い分けをして、でも全体では整合性のあるシステムを実現するために顧客はオープン化や標準といったものを求めているのだと理解しています。
こうした開発やプラットフォームの選択肢が増えていく中から、顧客のIT戦略に基づいて動くシステムを作る出せることがエンジニアにとって大事で、そうした人材こそ情報資産を預かる会社にとっての差別化だと思っています。
だからこそ重要なのは、人月あたりでお金をいただいている既存のSIerのビジネス構造から脱却し、SIerのビジネスを知識産業にする。こうしたことを業界全体でお客様に伝えていきたいですね。
人月ビジネスから脱却するために、速度がカギになる
そこがもう1つのポイントだと思います。どうすれば人月ビジネスから抜け出せるのでしょうか?
四居氏 正直に言って、人月を変えるのはこれまでの長い習慣などの理由で非常に難しいでしょう。けれど変えなくてはいけなくて、そのための例え話として私はよく鉄道の話をしています。
すなわち、東京駅を朝8時の電車で大阪に向かったとき、各駅停車では夕方5時頃に到着しますが、新幹線なら10時台には到着します。このとき、新幹線は2時間しか働いていないのに特急料金をとる。それはなぜなのか、ということ。
私は梅棹忠夫氏が好きなのですが、彼は「新幹線は知識産業だ」と言っています。あれはモノではなく知識を運んでいるのだと。そしてそれを速く運ぶことに価値があると。
ところがIT産業はまだそこに至っていない。
速くできる、という体験をお客様にどうやって理解してもらえるかと考えると、10%や20%くらいの違いではおそらく体験できない。2倍や3倍の違いを作って価値をださなくてはいけないと思っています。そのためにGeneXusによる開発の自動化といった提案をしているのです。もちろん、それを売るときに昔ながらの人月でやったら自分で自分の首を絞めることになるわけです。
そういう流れがIT業界にできていけばいいと。
四居氏 そういう流れを作りたいと思っています。
とはいえ、そのときに顧客への価値、あるいは満足度をどう計るかは難しいですね。鉄道は「ここにあるものが、あそこへ移動している」という仕様がはっきりしている。ところがITは仕様があいまいだったり、速くできてもそれが当たり前だと思われたり、価値につながることが理解されない可能性がありますね。
四居氏 そこが難しいところですね。ITは提供される価値のイメージがしにくい、あるいは最初の時点で仕様がはっきり決まっていないことが多いために価値を伝えにくいのが悩みです。
ただ、いま当社でGeneXusをやっていて気がついたことがあります。システムを作るときに、これまでは顧客の社内に3つの部署、例えば肉担当部署、魚担当部署、野菜担当部署とあったときにどれもオーダーエントリーの仕組みを作りましょうというと、部署ごとに作ると開発費が高くなるので、共通のオーダーエントリー画面を1つ作っていました。
ところがGeneXusではそれぞれに作っています。しかも1画面作るのが非常に短期間で安価であればトータルでも安くなり、しかもそれぞれの部署の特性にあったものが作れます。これによってシステム全体も新しいデザインが必要になってくる。
速く作れるというのはいろんなパラダイムが変わるということで、だからこそIT業界は人月ではなくて知識産業になっていかなければならないんですね。
そしてエンジニアの知識や能力を増やすには、いわれたとおりにコードを書くのではなく、お客様とビジネスに近いところで会話し、それをシステムとして実現していく。そこで身につけた知識や経験をさらに次のシステム構築へ投入してさらによいものを作る。これを速く回転させることなんです。速く作るということはお客さんのメリットだけでなく、われわれにとって優秀な人材を育てることにもつながることなんですね。
ありがとうございました!
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