タネンバウム教授、MINIXの失敗とLinux普及の理由を語る
アンドリュー・タネンバウム教授といえば、「MINIX」というUNIXに似た学習目的のOSの開発者の一人で、このMINIXとタネンバウム教授の著書「オペレーティングシステム 設計と実装」に刺激を受けて、リーナス・トーバルズ氏がLinuxを開発し始めたと言われています。
そのタネンバウム教授へのインタビューが、フランスのWebサイト「LinuxFR.org」に掲載されていました。MINIXの最新動向、なぜLinuxがこれだけ普及したのか、そしてトーバルズ氏と論争になったといわれているマイクロカーネルについて、興味深い答えが引き出されています。一部を訳してみました。
MINIXではNetBSD互換に取り組んでいる
MINIXはもともとOSの構造などを学ぶための教育目的に、コンパクトでソースコードがすべて公開されたソフトウェアとして開発されました。コンパクトな作りやマイクロカーネルといった特徴は維持しながらも、いまは実用も想定した開発が行われています。
LinuxFr.org : What new features will we see in MINIX in the coming months (version 3.2) or years?
LinuxFr.org:数カ月か数年後になるMINIXの次期版にはどんな新機能が搭載されるのですか?
Andrew Tanenbaum : We are now focused on three things: NetBSD compatibility, embedded systems, and reliability.
タネンバウム氏:私たちはいま3つのことに取り組んでいます。NetBSDコンパチビリティ、組み込みシステム、そして信頼性です。
3.2.0 will have a lot of headers, libraries, and userland programs take from NetBSD, which is a very stable, mature system. The BSDs are quite popular as you may know. One of them is sold under the brand name "Macintosh" by Apple.
3.2.0は、非常に安定し成熟したNetBSDから、多くのヘッダ、ライブラリ、ユーザーランドのプログラムをもってくることになるでしょう。ご存じのようにBSD系はとても普及しています。その1つはアップルのMacintoshというブランドになっています。
MINIX 3では、ほかのシステムではダウンしてしまうような致命的なエラーからでも復旧できることも特徴だそうです。
BSDが訴訟に巻き込まれたためにLinuxが普及した
MINIXは当初からソースコードは公開されていましたが、オープンソースライセンスは適用されていませんでした(現在はBSDライセンスが適用されているそうです)。LinuxFr.orgがその件についてタネンバウム教授に尋ねています。
LinuxFr.org : If you could return in the past to change the MINIX original proprietary licence to the GPL licence, do you think your system might have become the dominant free OS today?
LinuxFr.org : もしも過去に戻ってMINIXのライセンスをGPLに変えられたとしたら、フリーOSの世界でMINIXが支配的になっていたと思いますか?
Andrew Tanenbaum : Never. The reason MINIX 3 didn't dominate the world has to do with one mistake I made about 1992.
タネンバウム氏:ならなかったでしょう。MINIX 3が支配的なものにならなかったのは、1992年に私が犯したミスのせいだったからに違いありません。
At that time I thought BSD was going to take over the world. It was a mature and stable system. I didn't see any point in competing with it, so I focused MINIX on education.
その当時、私はBSDが世界を支配すると考えていました。成熟し安定したシステムだったためです。それと競合することなどまったく考えず、だからMINIXを教育向けにフォーカスしたのです。
タネンバウム教授はここで、BSDがAT&Tとの訴訟に巻き込まれて進化が止まったことが、Linuxの普及の機会を与えたと述懐しています。
My mistake was not to realize the lawsuit would take so long and cripple BSD. If AT&T had not brought suit (or better yet, bought BSDI), Linux would never have become popular at all and BSD would dominate the world.
私の間違いは、訴訟がそれほど長い期間続き、BSDに打撃を与えると気がつかなかったことです。もしもAT&Tが裁判に持ち込まなかったら、Linuxが広まることははなく、BSDが世界に広まっていたでしょう。
Linuxはスパゲティだ
タネンバウム教授はマイクロカーネルの支持者であり、モノリシックな構造を採用したLinuxのアーキテクチャについては以前から批判的でした。このインタビューでもその点には手厳しくコメントしています。
Andrew Tanenbaum : I don't buy it. He is speculating about something he knows nothing about. Our modules are extremely well defined because they run in separate address spaces. If you want to change the memory manager, only one module is affected. Changing it in Linux is far more complicated because it is all spaghetti down there.
タネンバウム氏:そうは思いませんね。彼(トーバルズ氏)はそれについてよく知らなかったがためにそう推測した(マイクロカーネルはよくないと)のでしょう。私たちのモジュールは分離されたアドレス空間で実行され、これ以上ないほど適切に定義されています。もしもメモリマネージャを変更したければ、そのモジュールだけが影響を受けます。Linuxでのそうした変更は圧倒的に複雑です。というのもすべてがスパゲティになっているからです。
インタビューの中から刺激的な部分を抜き出したため、タネンバウム教授はトーバルズ氏に批判的に読めてしまいますが、Wikipediaによると両者の関係は良好だそうです。人間関係にとらわれず、率直に批判を口にする点は大学教授としての冷静な視点とキャラクタゆえなのでしょう。
OSの設計・理論・実装について、バランスよく詳細に解説された教科書として、20年来の定評を誇る。UNIX互換のMINIXを取り上げ、OSの原理・原則を学習するだけでなく、さまざまな機能がどのように現実のオペレーティングシステムに適用されているかを実践的に習得できる
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