日本のSIerはクラウド普及の逆風なのか?

2010年7月14日

米国には、日本のSIerのような企業はあまり多くない、という話をしばしば耳にします。「シリコンバレーで奮闘中」というya2kanta氏のブログ余道を愉しむで、7月12日月曜日にポストされた「日本とアメリカのITに関連する違い」というエントリでも、その話題が取り上げられていました。

米国のIT市場の特徴の1つ目として「SIerがいない」ことが挙げられています。

アメリカの企業はシステムの開発/導入/運用を基本的に自社内のエンジニアが行う。日本のようにSIerにアウトソースして、一切を任せるということはない。

もう1つ米国の特徴としては「パッケージ製品を利用する」ことが挙げられています。

米国では、SAPなどのERPツールや、Salesforce などCRM系ツールの導入率が高いようです。よく売れているパッケージ製品というのは、それなりにキチンと考えられて作られているので、導入/利用する事で生産性をあげる事ができるという本来の目的があったりします。

ほかにも米国のSIerについて書いたブログを探してみると、ブログmark-wada blogの2007年9月のエントリ「IT業界構造 - 親子丼的ビジネス奮闘記(4)」にも、次のような記述があります。

米国と日本との大きな違いは、米国の企業は基本的に内製なのだ。すなわち、社内のIT部門に開発エンジニアを抱え、そこでシステムの開発から運用を行なう。

ですから、米国のベンダーはそこに製品を供給する役割であり、日本でいうSIerというのはほとんどなく、あっても企業でリソースが不足したらそれを補う役割でしかない。

また、ブログsoulram’s weblogの2007年11月のエントリ「アメリカでは「SIer」という言葉がない!? ~アメリカの友達に聞いてみた。~」にも、米国でIT企業で働いている友人の話が次のように紹介されています。

SIerって業務は、日本では昔から聞いてたけど、こっちじゃ全く聞かないね。たぶんSIerって職は、こっちにはないと思う。こっちだと役割や担当業務がはっきりしてるからかな。

そのほか米国のSIer事情を紹介したいくつかのブログを見てみても、米国では企業の情報部門がシステム構築の中心であり、日本のようなSIerはほとんどいない、という点で一致しています。

しかし米国にSIerがまったくいないわけではないようです。僕自身、2週間ほど前に米セールスフォース・ドットコムのバイスプレジデントにインタビューしたときにパートナー戦略を少し聞いたのですが、そのときには僕からの質問では使わなかった「System Integrater」というボキャブラリが説明の中で使われていました。文脈上も、ユーザーのシステム構築を支援する企業という意味で使われていたので、米国にもそうした役割を果たす企業が一定以上はいるのだろうと認識しました。

SIerはクラウド普及の逆風になるのか?

最初に紹介したya2kanta氏のブログでは、米国でクラウドコンピューティングがいち早く普及期に入っている理由として、エンドユーザー企業自身がシステム構築を手がけ、またパッケージソフトウェアの導入率が高いことが影響しているのではないかと推測しています。

この説にはうなずける面が多くあります。高価な設備投資が不要になるクラウドは、企業にとって導入のコストメリットがはっきりしていますし、パッケージソフトウェアの導入率が高ければ、パッケージソフトウェアの代わりにクラウドのサービスを利用することにもそれほど抵抗がないでしょうから。

一方で日本で盛んなSIerという存在は、こうした顧客の利益と相反するビジネス構造を持っている点に課題があることにすぐに思い当たります。つまり、顧客にとってITコストの削減はSIerにとって売上げの減少になります。顧客がクラウドのサービスをそのまま利用することは、開発やカスタマイズをすることに存在意義があるSIerそのものを脅かします。

クラウドの存在は、SIerにとって逆風のように見えます。そしてSIerの存在もクラウドの普及にとって逆風なのかもしれません。なぜなら、クラウドにできるだけ手を出さず、顧客にもすすめないほうが、(少なくとも短期的には)売上げが維持できるわけですから(ちなみに、十数年前に業務パッケージソフトの普及がはじまったときにも似たようなこと、SIerの危機といったことが言われたことがありました。それにはSIerはうまく適応してきたように思えます)。

クラウドをめぐるビジネスモデルの模索は続く

Publickeyでは以前、「クラウド時代にSIerはどう変わるのだろう? セールスフォースの展示会場に飛び込んで聞いてみた」という記事で、クラウドを使うことで案件単価が数千万から数十万へと2桁下がった、というSIerの話を紹介しました。クラウド(この場合はSaaS)を使うことで単価が劇的に下がることは現実です。

そしていうまでもなく、それこそがクラウドの最大のメリットの1つだと多くの企業は認識しています。

昨日公開した記事「プライベートクラウドは、ベンダから主導権を奪還する技術。メインフレームからクラウド化に成功した佐川急便グループのIT戦略」では、ユーザー企業自身が高いモチベーションでクラウド化を進めていることが分かります。(このケースではクラウド化推進のパートナーは独立系SIerのフューチャーアーキテクトで、クラウド化に抵抗したのはメインフレームベンダという構図でしたが)。

クラウドの時代をユーザー企業がリードしていくことにより、日本も米国のようにSIerがマイナーな存在になるのでしょうか。

しかし同じく昨日公開した記事「[速報]マイクロソフトがWindows Azureのアプライアンスを発表。オンプレミスでWindows Azureの利用が可能に」では、Windows Azureアプライアンスをデルや富士通からSIerが仕入れて、顧客にインストールや開発やカスタマイズなどの付加価値をつけて販売するというこれまでと似たようなモデルをクラウドでも実現しようという考えが透けて見えます。SIerにとっては魅力的なクラウドのあり方かもしれません。

クラウドをめぐるビジネスモデルの試行錯誤はまだまだ続いているというところでしょう。

果たして、これからやってくるはずのクラウドの時代をSIerはどうやって乗り越えていくべきなのか? 実は前述のセールスフォース・ドットコムのバイスプレジデントのインタビューでいちばん聞きたかったのはここだったのですが、直接的な答えはもらえませんでした。

遅かれ早かれ到来するクラウド時代にSIerはどうなるのでしょうか? そして日本にSIerが多いという事実は、クラウドの普及にとって逆風なのでしょうか。この記事に答えはありませんが(セールスフォース・ドットコムのバイスプレジデントにはぐらかされた答えを僕が答えられるわけもなく)、これからもときどきのその時点での意見をまとめつつ、このブログの大事なテーマとして追っていきたいと思います。

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Junichi Niino(jniino)
IT系の雑誌編集者、オンラインメディア発行人を経て独立。2009年にPublickeyを開始しました。
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