プライベートクラウドに未来はないのか?
このブログで何度か紹介しているJames Hamilton氏。マイクロソフトでデータセンターのアーキテクトとして活躍した後、2008年にアマゾンへ移籍して現在はAmazon Web Servicesのバイスプレジデント兼上級エンジニアのHamilton氏が、自身のブログになんとも刺激的なタイトルのエントリ「Private Clouds Are Not The Future」(プライベートクラウドに未来はない)をポストしました。
なぜ彼はそのような主張をするのか、少し文章を拾ってみましょう。
Private clouds may feel like a step in the right direction but scale-economics make private clouds far less efficient than real cloud computing. What's the difference? At scale, in a shared resource fabric, better services can be offered at lower cost with much higher resource utilization.
プライベートクラウドは、正しい方向への第一歩のように感じるかもしれないが、しかし規模の経済としては、プライベートクラウドは本当のクラウドコンピューティングの効率性に遠く及ばない。何が違うか? 規模、共有されたリソースファブリック、高いリソースの利用率でこそよいサービスが低コストで提供できるのだ。
つまりHamilton氏はプライベートクラウドはパブリッククラウドと比べて効率性もサービスレベルも悪く、しかしコストは高い、といった点を突いているわけです。
Private clouds are better than nothing but an investment in a private cloud is an investment in a temporary fix that will only slow the path to the final destination: shared clouds.
プライベートクラウドはなにもしないよりはいい。しかし、プライベートクラウドへの投資は一時的な解決にすぎず、結局たどりつくことになるクラウド(シェアードクラウド)への道のりを遅らせることになってしまうだろう。
Hamilton氏はわざと書かなかったのだと思いますが、「プライベートクラウドに投資するくらいなら、Amazonクラウドが提供するVirtual Private Cloudを利用する方がずっといい」と言いたいのではないでしょうか。
Virtual Private Cloudは、Amazonクラウドのある区画に対して企業がVPNで接続し、あたかもその区画を自社専用のプライベートクラウドのように利用できるサービス。サービスレベルもコストもクラウドと同等です(参考:Amazonがプライベートクラウドのサービスを開始、「プライベートクラウド」がバズワードから現実に)。
パブリッククラウドへ移行する波がやってくる
Hamilton氏は先に紹介したエントリの中で「InformationWeekのAlistair Croll氏も素晴らしい記事を書いている」と賞賛していました。その記事のタイトルは「Private Clouds Are A Fix, Not The Future」(プライベートクラウドは応急処置だ、未来はない)。
この記事の著者Croll氏は、これから数年のあいだ企業はプライベートクラウドや、プライベートクラウドとパブリッククラウドを組み合わせたハイブリッドクラウドに投資し、パブリッククラウドはスタートアップや大規模分散処理のためにもっぱら使われるが、その後、真のクラウド提供者が比較にならないほど大きなコストアドバンテージを持つだろう、と予想しています。
そして次のように記事を結んでいます。
As a result, in three to five years, there will be a second big enterprise IT migration from private to public infrastructures.
その結果、3年から5年のうちには、プライベートクラウドからパブリックインフラ(パブリッククラウド)へと移行する第2の大きな波がエンタープライズITにやってくるだろう。
Don't believe everything you hear about private clouds. Just because you've finally fixed IT doesn't make you a long-term cloud computing provider. Plan accordingly.
プライベートクラウドに関して耳にするあらゆることを信じてはならない。最終的なITの解決策は、あなたを長期間にわたるクラウドプロバイダーにすることではないのだ。それを念頭に置くべきだ。
クラウドの本流はパブリッククラウド
国内の専門家にも、プライベートクラウドは傍流になるだろうという意見があります。国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 教授の佐藤一郎氏は、昨年10月14日付けの日経コンピュータの記事「クラウド時代のSIビジネス サービス化が変える事業構造 日本の事業者にもチャンス」の中で次のように書いています。
また最近、仮想化技術を駆使して社内専用のクラウドインフラを構築し、ハードウエアを集約させる動きが出ている。これをプライベートクラウドと呼び、通常のクラウドをパブリッククラウドと呼ぶことも多い。
筆者はプライベートクラウドの目的はコスト削減であり、新しいアプリケーションが生まれる可能性は低いと見ている。しかもプライベートクラウドの基礎である仮想化は複雑な技術であり、適切に扱える管理者の確保は難しい。既存システムの規模が大きい場合を除くとコスト高になりかねない。このことから筆者は、クラウドの本流はパブリッククラウドにあると考えている。
三者の意見に共通するのは、プライベートクラウドはコストの面でパブリッククラウドより不利であり、いずれパブリッククラウドが本流となるだろう、という点です。
すでに多くの企業が自社内のサーバで業務アプリケーションを稼働させており、また企業向けアプリケーションにはまだクラウド対応のものが非常に少ない、という現実を考慮すれば、これから1~2年で急に企業がシステムの大半をパブリッククラウドへ移行する可能性は低いでしょう。しかしCroll氏が予想するように、コスト的な判断によって3~5年後にパブリッククラウドへの移行の波がやってくるというのはありそうなシナリオのように思います。
ちなみに、ガートナーは2012年までプライベートクラウドへの投資がパブリッククラウドを上回るという予想を出しています(参考:2012年まではプライベートクラウドへの投資がパブリッククラウドを上回るとガートナー。企業の情報部門は縮小の道へ)。これも現実的なシナリオに一致していると見るべきなのでしょう。