セールスフォース社長がつぶやいたエコポイント申請サイトの裏話。失敗したら日本撤退も
昨年、2009年の7月1日に政府のエコポイント申請のためのWebサイトがオープンしたとき、そのWebサイトがセールスフォース・ドットコムのクラウドで作られており、しかも納期はわずか1カ月程度しかなかったはずだ、とPublickeyで指摘しました。
この記事に対してセールスフォース・ドットコム社長の宇陀栄次氏から「この記事の内容も、正しい状況の理解であり、すばらしいと思います。」と直接コメントをいただき(本人であることを広報経由で確認)、この指摘が事実であることを確認しました。
そのエコポイント開発時の裏話を、先週末9月11日の深夜に宇陀社長が突然ツイッターでつぶやきはじめました。
エコポイントの時の話。昨年の5月28日昼。要件は?とお聞きして、7月1日にサービス開始すること、との返答。登録数は2000万人を想定。当社は法人向けサービス、一企業で2000万人の実績なし。そういう会社は世界中にありませんし。最初は、笑いました。そこからどう議論され・(続く)
エコポイント制度は、2009年5月29日に成立した平成21年度補正予算に盛り込まれたものですが、買い控えによる悪影響を避けるために、補正予算成立前の5月15日にはポイントが何に交換できるかもわからないまま制度がスタート。
環境省、経済産業省、総務省からはそれ以前の5月1日に、補正予算が成立することを前提に、エコポイント申請サイトを構築する業者の公募が始まっていました。
上記のツイートによると、宇陀社長に依頼があったのが5月28日昼だったとのこと。おそらく要件に見合うサイトを7月1日に完成できるという企業がなかったのでしょう。約1カ月の納期で、大規模なWebサイトのためにハードウェアを調達しソフトウェア開発するのが困難であることは明らかです。
ここからサイト開設にいたるセールスフォース・ドットコム社内の動きを、宇陀社長のツイートで追っていきましょう。
宇陀社長、エコポイント申請システムを振り返る
宇陀社長の発言にはエコポイント申請システムについての依頼が誰から来たのかは書いてありませんが、環境省、経済産業省、総務省のいずれかからであったと推測されます。失敗したら最悪の場合、日本撤退を心配したと。
当時、エコポンイント制度が発表されて、でも、開始されないために、買い控えが起こってしまっていた。その時点では、どのITベンダーも1カ月で構築するのは絶対不可能、費用は数十億、最低半年の期間。当社は、日本では、まだ小さな会社。安請け合いして失敗したら、多大なる信用喪失➡日本撤退。
通常、要件とは、どの様な論理で、どの様なワークフローで、処理やオペーレーションは・・・・と、延々と続くもの。でも、その時は、「では、サービス開始するために、最低限の機能を実現するのをお手伝いしましょう。受付開始さえすれば、後の処理は、他社で随時開発してくだされば良いですね。」と。
それから、2時間後の14時に、「では、本日の夜8時からの会議に参加してください。」通常、要件定義、見積り、契約、プロジェクト体制、メンバーの選定などのお作法関係なく、とにかく今晩から。28日18時: 当社専務の保科さんに、「とりあえず、参加してきてよ。」 って、お願いしました。
宇陀社長に依頼があった2009年5月28日は木曜日。夜8時に会議があるということが、突貫プロジェクトであることを物語っていますね。
保科氏は翌月曜日の6月1日には「出来ますよ」と返事。大規模案件のため、宇陀社長は米本社のマーク・ベニオフ社長兼CEOとパーカー・ハリス上級副社長技術担当に相談。
土日を挟んで、4日後に、保科さんより、「出来ますよ。詳細の要件は、まだ決まっていませんが、大まかな要件は分かりました。直ぐに開発に入らせます。まず、出来る所からやらせます。」 「これは、景気対策であり、環境対策、地デジ促進という大義名分がある。やりがいがあるレスキュー隊だね。」
続き) 保科さんから、「構築できますが二千万口座ですからマークとパーカーのサポートをもらってください。」と依頼され、早速相談。両名は創業者、快諾して、サポートしてくれたが、技術チームから、二千万人が一斉に処理されたらシステムダウンのリスクがある。採算も合わないからと否定された。
この時点で実稼働まで1カ月を切っており、そこから具体的な作業が開始されたようです。そして6月20日頃、首相官邸から、7月1日からサービス開始出来ると発表してよいかと問い合わせが。
確かに、金額も処理内容も正確に把握しないまま、正式な見積りも無いままに進めていたので、漠然とした不安は有ったが、とにかく間に合わせるという思いに全員が一丸となって集中していた。6月20日頃、首相官邸から、7月1日からサービス開始出来ると発表してよいかと問合せがきていますがと。
総務、経産、環境の3省庁のエリート官僚達と、電通をリーダーとした各社が一丸となって進められたプロジェクト。当社は、ITの部分を担当したに過ぎず、全体の一部の役割に過ぎない。が、システム障害を起こしたら、まさに世間の恥さらしとなり、関係者全員の信用を失墜させる可能性もあった。
保科さんと相談し、首相官邸からの問合せに、間に合いますと回答すると決めた時、「全体の要件と工数と金額と契約は決まったの?」と聞いたら、「まだです。むしろ機能要求が増加しています」 「そっか、まあ、とにかくサービスがきちんと動くように」と。IT企業としては極めて非常識な会話。
「7月1日に間に合います」と答えた時点で、まだ金額未定、未契約であったとのこと。7月1日まであと10日。技術チームからはネガティブなやりとりもあったと。
一方、本社の技術チームと散々のやり取りで、最後にもう一度否定的なことを言われた時、CEOのマークが、”Don't be binary!” (0か1かで議論するな)やれるだけの最善を尽くせ!とメールした。これって日本人的な発想。この一言で決着。記憶に残る英語だった。 (つづく)
「Don't be Binary!」というのはIT企業っぽい、いいセリフですね。これで7月1日に無事にエコポイント申請システム(下記ではEPシステム)の稼働にこぎつけます。
続き)エコポイントは、7月1日に開始され順調に進んだ。景気刺激策が、経済逆効果になるところだったが、その後、3兆円の経済効果と言われ、様々な会社の上方修正発表の中にEP効果と紹介された。その後も、頻繁に機能追加の依頼が来ていたが、まさ飛行中の飛行機を改修してゆくようなものだった。
EPシステムを評して、あんなものは大したことないと言う人もいる。画面を見て、あの程度の申請処理など・と。それは、銀行ATMの画面を見て簡単だと言うのに似てる。さすがに銀行のシステムにははるかに及ばないが、裏側では膨大な不正申請や詐欺を防ぐために様々な処理・確認が行われている。
「エコポイント申請サイトはセールスフォース・ドットコムのクラウドで作られた。それも約1カ月で」という事実はPublickeyだけでなく、その後いくつかのメディアでも取り上げられました。それは多くの人にクラウドの能力の一端を示す象徴的な出来事になりました。