電子書籍の政府での議論が心配だ
アマゾンからKindleが登場し、国内でiPadが発売されるなど、日本でも電子書籍への注目が高まっています。電子書籍の環境の整備や普及に向けた議論はさまざまな企業や組織、団体で行われていますが、政府での検討も行われています。
先日公開された、総務省、文部科学省、経済産業省が開催している「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会」では、その取り組みについて資料が公開されています。
しかし資料を見てみると、本当にこの方向でいいのだろうか? と感じるポイントが2つありました。それを読者のみなさんと共有したいと思います。
6月22日行われた「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会(第3回)」の配布資料「デジタル・ネットワーク社会における出版物の利活用の推進に関する懇談会報告(案)」(PDF)から引用しましょう。
権利の集中化は歓迎すべきか?
1つ目は、電子出版における権利の集中管理を制度的に作る方向で検討されていることです。17ページから始まる「2.具体的論点」の「出版物の権利処理の円滑化による取引コストの低減及び関係者への適正な利益還元方策」として「権利の集中管理等の制度的・組織的アプローチの検討」という項目があります。そこにこう書いてあります。
何らかの「権利の集中管理」を行うための制度的・組織的アプローチについては、実態をしっかりと検証、把握した上で、その必要性を含め、今後さらに検討を行う必要がある。
ということで、
「著作物・出版物の権利処理の円滑化推進に関する検討会議(仮称)」を設置し、検討の場を設け、具体的な検討に速やかに着手する。
のだそうです。
権利者に適正な利益を還元すること、そして権利関係をはっきりさせることで二次利用などをやりやすくする方向には賛成します。しかしその方策として本当に(おそらくは巨大になる)組織が必要なのでしょうか? また、これらはこれまでの出版社だけでなく多くの個人や小さな組織の存在が大きくなろうとしている電子出版で本当に適切な方策なのか? 現実的なものなのか? 疑問に感じます。
国が支援するのは「XMDF+ドットブック」形式
2つ目に指摘したいのは電子出版におけるフォーマットの方向性です。
20ページから始まる「文字文化の独自性、固有性を発揮できるフォーマットや文字コード等の在り方」の項目の中で、
ファイルフォーマット、文字コードについては、関係者において、検討の場を設け、具体的な検討に速やかに着手する。国としてもこうした取組を側面から支援することが適当である。
とあります。特に文字コードについては日本の文化に深く関わる問題でしょうから、これまでと同じように国の支援や協力は欠かせないでしょう。
続いて27ページから始まる「2.具体的検討」の中で、こう書かれています。
出版物のつくり手からは、紙の出版物とほぼ同じタイミングで電子出版をリリースすることを目指して、印刷会社が保有する最終データをもとにして、様々なプラットフォーム、端末が採用する多様な閲覧ファイルフォーマットに変換対応が容易に可能となる、中間(交換)フォーマットの確立が求められている(ワンコンテンツ・ワンファイル・マルチプラットフォーム)。
これは電子出版が紙と同じように静的コンテンツであるという前提に立っていて、インタラクティブだったりソーシャルだったりといういままでにない電子出版の可能性についてほとんど考慮していないようで心配です。
その結果、国内の過去の実績を重視したフォーマットに議論が傾いているように思います。
本懇談会において、日本語表現に実績のあるファイルフォーマットである「XMDF」(シャープ)と「ドットブック」(ボイジャー)との協調により、出版物のつくり手からの要望にも対応するべく、我が国における中間(交換)フォーマットの統一規格策定に向けた大きな一歩が踏み出された。これについて、出版社や印刷会社から賛同・支援する趣旨の意見が表明されている。
(28ページから)
政府が推すのはこの統一フォーマットのようです。
電子出版での日本語基本表現に実績を有する関係者において、「電子出版日本語フォーマット統一規格会議(仮称)」を設置し、我が国における中間(交換)フォーマットの統一規格の策定に向けて具体的な検討・実証を進め、こうした民間の取組について国が側面支援を行うことが適当である。
(28ページから)
報告書では、もちろん海外の動向や標準フォーマットについてまったく考慮されていないわけではありません。29ページから始まる「【3】海外の出版物に自由にアクセスできるようにするともに、日本の出版物を世界へ発信する。」の中で、EPUBについても触れられています。
電子出版市場の世界的な拡大を見据えて、我が国のソフトパワーの発揮、国際競争力の強化を図る観点から、海外の閲覧フォーマットとして有力なフォーラム標準のひとつであるEPUBについても、日本語表現への十分な対応が可能となることが期待されるが、W3CにおけるHTML5の策定状況も踏まえつつ、出版物のつくり手の理解を得ながら、必要な取組を検討することが必要である。これらの検討は、同じ漢字文化圏である中国、韓国との連携が重要である。
(30ページから)
しかし、結論としては前述のXMDF+ドットブックの統一フォーマットを推すことになっているようです。
今後、2.1(2)の日本語基本表現の中間(交換)フォーマットの統一規格の反映や、上述のEPUB等海外のデファクト標準であるファイルフォーマットとの変換に係る技術要件も検討の上、国際規格IEC62448 の改定に向けた取組が重要であり、上述の「電子出版日本語フォーマット統一規格会議(仮称)」を活用しつつ、国際標準化活動を進め、こうした民間の取組について国が側面支援を行うことが適当である。
XMDFが縦書きやルビなどを含む日本語の組み版において実績があり、現時点で実用的なものかもしれません。そしてXMDF+ドットブック形式も優れたフォーマットの1つになるのかもしれません。
しかし国が支援して国際標準にする意味はあるのでしょうか? 支援してXMDF+ドットブック形式を国際標準にしたとしても、iPadやKindleや将来のデバイスで普及するか、国際的に広がるかはまったく別の話です。その市場性が日本にしかなければ日本の企業しか採用しないでしょう。(追記6/29:XMDF+ドットブックは中間交換形式として用いるとのことだったので、この部分は的外れでした。削除します)
「HTML/CSSはこの先500年使われる技術」という認識
将来の電子書籍はアプリケーションと見分けがつかなくなるものだと思っています。電子書籍は自分の思考を深めるためのさまざまなアプリケーションと連係したり、考えを共有する他者とのコミュニケーションの一部となっていく、そうなるでしょうし、そうなってほしいものです。
そのときの基盤としてWebを無視することはできません。アプリケーションもコミュニケーションもWebの一部として行われることでしょう。だとすれば、HTML/CSSを基盤とし、JavaScriptなど標準のWeb技術でアプリケーション開発も可能な方向で進化しているEPUBが、電子書籍のフォーマットとしてもっとも可能性があり、グローバルでもあると僕は考えています(XMDFもXMLがベースなのでスジは悪くないとは思いますが)。
いまHTML5/CSS3でのルビや縦書きを実現しようとW3Cで議論されていることは以前の記事「CSS3で縦書きスタイルを、電子出版の未来のために。日本発で提案中」でも紹介しました。
CSSの発案者であり、いまもCSS3の議論の中心的な存在であるオペラソフトウェア CTOのホーコン・リー氏は、「活版印刷が発明されて500年。HTML/CSSもこれから500年先まで使われる技術」と言い、知識を表現するための重要な技術だとHTML/CSSを位置づけています。
こうした認識で議論されている(そして本当にこの先500年使われるかもしれない)国際標準のど真ん中に、いま日本語の縦書き組み版が入るかどうかを議論しているときに、国はXMDF+ドットブックを国際標準へ支援するという方向で本当にいいのでしょうか?
報告書の中にはEPUBも十分に考慮するという記載が各所で見られはしますが、ぜひ将来を見据えた議論を期待したいものです。
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