EPUB仕様策定の当事者たちが語る。EPUBとは何か、歴史的経緯と最新の進捗状況
電子書籍フォーマットの1つとして注目が高まっているのがEPUBです。EPUBは、HTMLやCSSといったWeb標準によって構成されているのが最大の特徴ですが、現在の使用ではまだ縦書きやルビといった日本語対応が十分ではありません。
しかし来年5月に制定予定のEPUB3ではそれらに対応する予定で、それがEPUBに注目が集まっている大きな理由でもあります。
11月15日に行われたWebデベロッパーのためのイベント「Web Directions East 2010」において、このEPUBの仕様策定に関わっている当事者たちが登壇し、EPUBとは何か、そしてその現状がどうなっているのかを解説するセッションが行われました。
この記事では、そのセッションの内容を紹介しましょう。
EPUBの概要
村田真氏は、電子書籍のフォーマットを策定する米国の団体IDPF(International Digital Publishing Forum)の中で、EPUBの国際化を進めるサブグループ EGLS(Enhanced Global Language Support)のコーディネイター。
EPUBとは、IDPFが制定する電子書籍フォーマットで、ごくごく簡単にいえば、HTML、CSS、SVGなどをzipで固めたもの。
そしてEPUBは、Web標準化団体であるW3Cの成果のいいとこどりでもある。例えばEPUB 2.0は、XHTML1.1やCSS Level2などの仕様を参照している。
電子出版、電子書籍が昨年の末頃から盛り上がってきたが、そのフォーマットの1つであるEPUBを日本語環境で使おうとすると、これが足りない、あれが足りないという機能の不足が指摘されるようになった。
そこでまず、EPUBを日本語組み版に対応する仕様を作るための要求項目をJEPA(Japan Electronic Publishing Association、日本電子出版協会)で作った。EPUBの次のバージョンであるEPUB3を策定するときに、この要求に対応してほしい、ということになった。
そしてEPUB3では、それらの要求を入れましょう、まんがにも対応しましょう、ということになっている。2011年5月の制定を目指している。
日本語関連の主な仕様は、縦書き、ルビ、圏点(傍点)など。これらの仕様を含んだW3CのCSSやHTML5などの仕様を参照する予定。
すでにWebKitのNightly Buildには、現在策定中の仕様に沿った縦書きの実装が始まっているので、SafariやChromeが縦書きに対応するのは時間の問題だ。
EPUBの日本語対応はJLTFの「日本語組み版処理の要件」に基づくもの
有限会社スコレックス 小林龍生氏。村田のおやじ(小林氏は村田氏をこう呼ぶ。以下村田氏)が現在行っているEPUBの日本語組み版対応は、きちんとした組み版の情報が基になっていることを証言しにきた。
2005年にベルリンのカンファレンスで、W3CのCSS多言語対応をやっているElika j. Etemad氏がRobust Vertical Text Layout and CSS3 textの話をしていて、それを聞いていたら不安になった。彼女は日本語の組み版を知っているのだろうかと。
もちろん彼女が非常に真剣にやっているのは分かったが、日本からの情報が決定的に不足している印象で、その状況が必ずしも幸福ではないと思った。
そこでその後、W3C Tech Plenaryという、すべてのワーキンググループのメンバーが議論する場でそうした話をしたが、ほとんど反応がない。文句があるなら具体的な提案を持ってきなさい、という感じで追い返された。
具体的な提案をするために日本印刷技術協会(JAGAT)の全面協力で、日本語で日本語の組み版仕様をまとめる作業を始めた。その成果が「日本語スタイルシート技術(スタイルシート作業部会 報告)」としてまとまった。
その成果を持って、あらためてW3C Tech Plenaryで発表したところ、今度は驚くほど積極的かつ好意的な反応が返ってきた。そしてW3C初の多言語タスクフォースとなるJLTF(Japanese Layout Task Force)を結成。「日本語組版処理の要件」という、日本語を組み版する際の問題点や要望事項の説明をまとめたドキュメントの日本語版と英語版を作成した。
例えば、海外の人から見ると日本語の組み版の分からないところがたくさんある。全角スペースと半角スペースをどう使い分けるのか、どういうときにプロポーショナルな文字を使うのか、など。また、日本語の縦書きは縦の列間隔は厳密だが、列の中の文字の置き方はかなり柔軟だとか。海外での基本版面はページの大きさを決めて、マージンを決めるが、日本では文字の大きさを決めて、文字数や行間を決めてと、逆の方法だったりする。
このドキュメントを2009年6月に発表。国際的には非常に高い評価を得たが、日本国内ではあまり話題にならなかった。しかし、仕事として組み版をしている会社から「すごく参考になった」とか、英語で英語以外の組み版の仕方をここまできちんと解説したドキュメントは見たことがないと評価された。
そしてこれらのドキュメントが村田真氏によって再発見され、EPUB日本語組み版対応などのための資料となった。
縦書き、傍点などはCSSワーキンググループで議論中
W3C CSSワーキンググループ石井宏治氏。
いまの小林さんの話にあったJLTFは、主に調査をしてそれをドキュメントにまとめるタスクフォースで、それを受けて私やほかのCSSワーキンググループのメンバーが、W3CのCSS仕様に縦書きやルビなどを入れていっている。
そしてそのW3Cの仕様を、IDPFの村田さんが選択したりまとめたりして、EPUB3を作る、という流れになる。
CSSにおける国際対応の歴史を振り返ってみると、1999年にマイクロソフトがInternational Layoutという提案をして、ワーキングドラフトから勧告候補までいったが、問題が発見されて差し戻しになった。
このとき、この仕様が非常に大きかったので問題とは関係ない部分もまとめて全部差し戻しになった。しかし問題のないところまで差し戻しになるのはよくないということで、分割しましょうとなった。
そこでCSS Text Moduleという、行組み版の基本部分。両端揃えや下線、圏点(傍点)などの仕様と、CSS Writing Modes Moduleという、縦書きを含む書字方向や論理方向、ルビのためのCSS Rubyなどに分割され、それぞれ議論されている。
縦書きに必須の部分はEPUB3での採用に向けて議論を進め、それ以外は別仕様に分離して継続議論しましょうとなっている。ということで、これからワーキングドラフト、そしてその先へと進んでいく予定。
CSSはEPUBのスケジュールに間に合う?
その後会場からの質問が特になかったので、講演者同士で質問が行き交うことに。村田氏から石井氏に質問。
村田 「CSS Writing Modeはいつできそう? これができないとEPUBの縦書きが実現しないんだけど(笑)」
石井 「先週、テレカンファレンスをやって、少し問題があったが、また審議して今月中にはワーキングドラフトにと」
村田 「ではCSS Textの方は? いまはワーキングドラフトだが、ラストコールはいつ頃?」
石井 「こっちはさらに難しい質問で、圏点の仕様でいくつか問題があってワーキングドラフトをもう一度だして、それでラストコールへ申請できるかどうか。圏点は日本語組版の基本部分だが、アラビア語、中国語、タイ語など世界中の行組版と一緒に議論しているので、それらにどれだけ足を引っ張られるかでスケジュールが変わる」
小林 「全部を仕様に入れようとすると間に合わないのでは。要求仕様がはっきりしている(言語の)ものだけを入れればいいと思う」
EPUB3はスケジュール通りに行く予定
前述の通り、IDPFでは2011年5月のEPUB3制定を目指しています。しかしEPUB3の制定にはW3CのCSSで縦書きや傍点といった仕様が固まる必要があります。石井氏をはじめW3CのCSSワーキンググループは大車輪で仕様策定の作業を進めていますが、もしもCSSの仕様策定が間に合わなかったらどうなるのでしょうか?
村田氏の答えは、その時点でのCSSの仕様をEPUB3の仕様として用いる。というものでした。そう割り切ることでEPUB3はスケジュール通り行くという見通しを立てています。
一方で参照される側であるCSSワーキンググループの石井氏にも同じ質問をしました。
石井氏は、建前ではW3CはEPUBとは独立して仕様策定をしてはいるが、もちろん実質的にはEPUBのスケジュールを意識しているし、EPUB3で参照されるまでにはある程度きちんと仕様を固めておかなければならないだろう、と答えてくれました。
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