いまのところグーグルの思惑通りに進んでいるWebの進化
Webブラウザのプラットフォーム化やWebアプリケーションの進化は、ITにとってメガトレンドであると僕は考えているので、このブログでも積極的に取り上げています。メガトレンドという意味は、この進化がネットのWebアプリケーションだけではなく、企業で利用される業務アプリケーションも含めて大きな変化をもたらすためです。それは、クラウドやSaaSが企業の中で使われ始めていることを見れば明らかでしょう。
この進化の方向を考えるとき、グーグルの影響力が非常に強く働いていることを意識せざるを得ません。それは、今日の2つのできごとから改めて感じました。
1つは今日公開した「Prism 1.01β」のレビュー記事です。FirefoxのアドオンであるPrismは、Webアプリケーションに単独のウィンドウを与え、まるで独立したデスクトップケーションのように扱うことができるようになります。
レビューの題材としてこのPrismを取り上げたのは、Webアプリケーションとデスクトップアプリケーションの境界線が薄れつつある、という具体例をこのレビューを通して紹介したかったためです。
Webからインストールするデスクトップアプリケーション
しかし実はPrismとほぼ同じ機能が、グーグルの開発したWebブラウザのChromeにはすでに備わっています。Chromeのメニューには「アプリケーションのショートカットを作成...」という項目があり、選択すると、いま見ているタブのショートカットがデスクトップに作成されます。例えば、Livedoor Readerを開いている状態でこのメニューを選択すると、デスクトップにはLivedoor Readerのショートカットアイコンが作成されます。
そして、このショートカットアイコンをダブルクリックすれば、自動的に単独のウィンドウでLivedoor Readerが起動します。デスクトップアプリケーションとしてRSSリーダーを起動している状態に似ています。
しかもChromeには標準でGearsの機能が搭載されていますから、例えばGMailをこの機能でデスクトップアプリケーションのように設定した上で、Gearsが提供するオフライン機能をオンにすれば、ネットにつながっていないときでも過去のメールの参照が可能です。GMailはオンライン、オフラインにかかわらず利用可能なメールクライアントとなります。
これはまるで、GMailをデスクトップアプリケーションとしてWebからインストールしたようなものではないでしょうか。
Prismの機能は将来のFirefoxのバージョンで取り入れられることが検討されています。また、Gearsが提供していたオフライン機能、ワーカースレッドの機能などは、HTML5の仕様として標準化される予定で(現在は独立した仕様に分離)、Firefoxだけではなく、SafariにもOperaにもInternet Explorerにも実装されることになるでしょう(参考:いま起きているWeb標準の進化、HTML5、CSS3、JavaScript 2.0)。
グーグルは、自分たちが提案しChromeやGearsで実装した機能を、上手にライバルに取り込ませていくことに成功しています。
JavaScriptはJITでネイティブアプリケーションと同様な速度へ
そういえば、JavaScriptの高速化競争を盛り上げたのも「高速なJavaScriptエンジンであるV8を搭載」と宣言したChromeの登場によってでした。
JavaScriptエンジンの高速化はJIT(Just in Compiler)へ進化しようとしています。つまりWebブラウザで実行されたJavaScriptアプリケーションは逐次コンパイルされていくのです。例えば、GMailやGoogle Calndarのようにほぼ一日中起動しっぱなしのJavaScriptアプリケーションなら、しばらく利用すれば主要な部分はすべてコンパイルされることになるでしょうから、実行速度はネイティブアプリケーションと遜色のないものになるではないかと僕は予想しています(JIT搭載のJavaScriptエンジンの登場には、まだ少し時間がかかると思いますが)(参考:JavaScriptの高速化手法とオープンソース同士の競争)。
あるいは、頻繁に使うJavaScriptアプリケーションはもしかしたらコンパイル済みのバイナリがWebブラウザのキャッシュとして保存され、起動時からすぐにネイティブアプリケーションと同等の速度で利用できるようになるかもしれません。
クラウドを仕掛けたのも、Andoroidを仕掛けたのも
いまではこれがメガトレンドだということを誰もが認めているクラウドも、仕掛けたのはグーグルだったと思います。
もう1つ、グーグルの影響力を感じさせたのが、今日NTTドコモが発表したAndroid携帯です。小池良次氏の書籍「クラウド グーグルの次世代戦略で読み解く2015年のIT産業地図」を読むと、Androidはグーグルのクラウド戦略の一環であることが明確な論理で描き出されています。
いまやWebの利用者はPCからよりもモバイルデバイスからのほうが多くなっています。そのモバイルデバイスからも快適にWebが利用可能になれば、ネット経由で提供されるアプリケーションの種類と価値が爆発的に向上することは、iPhoneとAppStoreの成功を見れば明らかです。
グーグルが提供するAndroidは、これをアップルのiPhoneユーザーだけでなく、あらゆるモバイルユーザーが経験できる価値にしようと目論んだものといえるでしょう。
グーグルに歯向かうのは?
これらに見るグーグルの戦略はシンプルです。アプリケーションとデータを提供するすべての源としてのクラウドの価値を徹底的に高めようとしているのです。そのために必要なのは、フロントエンドの標準化と高機能化、そしてユビキタス化です。ChromeもAndroidもそれ自体ではグーグルには何の収益ももたらさないプロジェクトなのに、同社が積極的にそれら推し進めるのはこの戦略に沿ってのことでしょう。
いまのところ、グーグルの目論見は思惑通りに進んでいるようにみえます。
一方で、このグーグルの思惑に歯向かうベンダはいるのでしょうか? いくつかのベンダが思いつきます。
1つは言わずとしれたマイクロソフト。同社はソフトウェア+サービス(S+S)と呼ばれる戦略を実行中です。これは、サービスのクライアントとしてWebブラウザだけを用いるのではなく、OutlookやOfficeといったデスクトップアプリケーションをサービスと連携させることで、よりよいソリューションが実現できる、というもの。デスクトップアプリケーションが重要な収入源である同社にとって、クライアントにはWebブラウザだけがあればいい、という世界観は受け入れがたいのです。
もう1つはアドビシステムズ。同社の「オープンスクリーンプロジェクト」は、すべてのデバイスにFlashを搭載し、クラウドのフロントエンドとすることを目論んでいます。名前に「オープン」がついてはいますが、この戦略ではFlashのソースコードをオープンにする予定はなく、すべてのデバイスへの移植をアドビシステムズが行う予定であり、それによって互換性を維持するとしています。
また、オラクルはクラウドという考え方にそれほど乗り気ではないようにみえます。同社がハードウェアベンダであるサン・マイクロシステムズを買収した背景には、ハードウェアとソフトウェアを一体で提供することによって、高性能かつシンプルに利用できるサーバを提供しようという考えがあるといわれています。これはクラウドがサービスとして提供しようとする価値と重なっており、同社はクラウドよりもこちらに比重を置いた製品戦略をとっていくのかもしれません。
果たしてWebの進化はどの方向へ進んでいくのでしょう。僕が間違いないと思っているのは、これまでWebの進化とは比較的無縁だったエンタープライズ向けのベンダであっても、これらのトレンドと無縁ではいられなくなり、Webの進化を考えることがエンタープライズシステムの進化を考えることと重なってくるはずだ、ということです。
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