Google Waveはどこまで破壊的になりうるか
今回はこのブログにはじめてゲストブロガーをお迎えします。ゲストブロガーは、ジャーナリスト兼インターネット・サービス開発会社コモンズ・メディア代表の星暁雄さんです。
星さんは、日経Javaレビュー編集長などの経歴を持つ元日経BPの凄腕記者で、幅広い知識と鋭い分析記事は多くのIT記者から一目おかれた存在でした。僕も@ITを立ち上げた頃から、同業者として星さんの仕事ぶりには注目していました。
その星さんが数年前に日経BPを退社し独立されて以来、記事が読めなくなってしまったことを寂しく思っていたのですが、まさか僕のPublickeyで星さんの記事を公開することになるとは予想外の喜びです。これからも星さんにはたびたびゲストブロガーとして登場してもらいたいと思っていますので、今後ともご期待ください。
ではさっそく、Google Waveに関する星さんの記事を始めましょう。
Google Waveはどこまで破壊的になりうるか
Googleが、2009年5月28日に開発者イベント「Google I/O」で公開し、大きな反響を呼んだ新サービス「Google Wave」には、とんでもなく大きな可能性を感じます。その一方で、現時点では未知数の部分が多いサービスでもあります。この文章では、ちょっと斜め方向から、筆者の感じるGoogle Waveのインパクトを見ていきます。
まず「Google Waveが何者なのかを一言で説明してみよ」という問いを考えてみます。「メールの再定義」とか「コミュニケーション・プラットフォーム」といった説明がなされていますが、本質を一言で分かりやすく表現することは、なかなか難しいと思います。Google Waveには、プラットフォーム/プロダクト/プロトコル、あるいは同期/非同期といった複数の要素が入り交じっており、現時点でどれか一つの要素に絞り込んで説明できる段階にないからです。
Google Waveがあなたの仕事にどう影響しますか?
ですが、「Google Waveがあなたの仕事にどう影響しますか」と質問を変形してみると、いろいろな考えが思い浮かびます。そして、この質問にちゃんと答えるには、「Google Waveがプラットフォームとしてどこまでオープンなのか」を知っている必要があります。
筆者は、プラットフォームとしてのWaveに強く惹かれています。Googleが、どれだけGoogle Waveのプラットフォームを開放するか、それによってWaveのインパクト、あるいは破壊力が決まるんじゃないか。そのように感じています。
公開されたドキュメントによれば、Google Waveはスレッド化された文書(例えばチャットや、メールのやりとりのような)を「wave」と呼ぶオブジェクトとして抽象化し、このwaveをリアルタイム、マルチユーザーで更新できるプロトコルとソフトウエア・プラットフォームを提供するものです。ここで「凄い」と思う点は、(1)Webに組み込める「広義の文書管理システム」を、(2)リアルタイムでマルチユーザー(同時に複数人が編集可能)とし、(3)複数サーバー間の連携(フェデレーション)の機能を備え、(4)そしてプログラミング可能なように作り上げたところです。
この枠組みがインターネットを覆う日が来たら、それこそ世界が変わってしまいそうです。例えば、Google Waveの枠組みを前提にCMS(コンテンツ管理システム)を新たに設計するとしたら、インターネット・メディアはどのように変化するでしょうか? 複数のユーザーがリアルタイムに共同編集できる文書が当たり前になったら、グループによる共同作業の進め方はどう変化するでしょうか? 多くの人々が、こうした期待を持ってWaveを見ているのだと思います。
サービス開発者にとっては良くも悪くも「破壊的」
例えば、プログラマのYugui氏はGoogle Waveを見て、「LUNARRとLingrとqwikの統合みたいなもんらしいという印象である」という感想をつぶやいています。LUNARRは、「Webページを裏返し」にしてメタデータを書き込むメタファに基づく「コンテキストを持ったコンテンツ」を作ろうとしたサービスであり、LingrはCometの技術(この技術はWaveでも使われています)を活用したチャット・サービス、qwikWebはメールとWikiを統合し、スレッド化した文書の共有に利用可能なサービスです。LUNRRとLingrは、残念ながら撤退を表明したばかりでした。
Google Waveは、これらのサービスと似た側面があると思います。ですが、それだけでなく、Waveの枠組みがプラットフォームとしてオープンになれば、LUNARR、Lingr、qwikWebのようなサービスを、従来よりも手軽に構築することが可能となるでしょう。人気上昇中のサービスであるTwitterやTumblrも、Waveインフラを自由に使えるなら、ごく簡単に実装できてしまいそうに思えます。マルチユーザーで共有する文書(あるいはタイムライン、ダッシュボード)の更新処理など面倒な部分をWaveインフラにまかせ、開発者の努力をユーザーインターフェイスの向上に注ぐことが可能になれば、この種の新サービスが続々と出てくるようになる、かもしれません。
このことは、サービス開発者にとっては良くも悪くも「破壊的」です。国立情報学研究所の佐藤一郎氏は、Google Waveに関して「機能が多い分だけ、他のWebベースのコミュニケーションサービス、例えばSNS系、写真共有、チャット系などなどを潰してしまう可能性もありますね。」と感想を述べています。実際、Google Waveの影響力しだいで「潰される」サービスや、潰されないよう路線変更を強いられるサービスというものも出てきそうです。
では、Waveの影響力は実際のところどれだけ大きいのか? それを決めるのは、先に挙げた問い「Google Waveはどこまでオープンになるか」だろうと思います。
現時点で、Google Waveの開発者向けAPIとして、ロボット、ガジェット、エンベッド(Webページ組み込み)が提供されています。いずれも、Google Waveの周辺に付加価値を付けるためのAPIです。いわばアドオンを作るためのAPIであって、Google Waveのインフラを活用した新サービスを作れるほど柔軟なものかどうかは、分かりません。
もっとGoogle Waveをオープンに
Google Waveのサーバー・ソフトウエアは「オープンソースにしていく」との発言があったようですが、Google Waveの価値の多くの部分がクライアント側にあります。例えば、Google Waveの特色である、複数ユーザーによる同時並行の編集操作をさばく枠組み(Operational Transformation)は、クライアント側で処理するようです(参考1、参考2)。
このGoogle Waveクライアントがオープンソースになるのか、どこまでカスタマイズ可能なのか、とても気になります。Google WaveのクライアントはHTML5対応ブラウザで動くという説明なので、ロジック部分はJavaScriptで記述されているでしょう。つまり、読もうと思えば読めるようになっているでしょう。とはいえ、同じJavaScriptプログラムでもGMailのように難読化されているのか、あるいは「livedoor Reader」のように可読性を考慮した記述になっているかで、プラットフォームがオープン度は大きく変わります。
Googleが、Waveのコンセプトをサービス正式公開の前に公開したのは、このようなあまりに新しいコンセプトをどのようにサービスに落とし込むか、どれだけオープンにするかを、開発者達の反応を見てから決めたかったからでしょう。
であれば、「自分たちの手で先鋭的なユーザー体験を作り出したい」「そのために、もっとGoogle Waveをオープンにしてほしい」と声を上げてみるのは、どうでしょうか。Google外部の開発者の力が強い方が、世の中は面白い方へ、創造的破壊が進む方へと向かうんじゃないか、筆者はそのように思っています。
筆者紹介
星 暁雄(ほし あきお)
ジャーナリスト兼インターネット・サービス開発会社代表(コモンズ・メディア代表取締役)。新しいメディアに関わることが好きなので、新野さんのメディアに顔を出してみました。コモンズ・マーカーをよろしく。