インタビュー:Rubyコミッターの笹田氏がクックパッドへの入社を決めた理由。オープンソースのコミッタはどのような思いで転職するのか?

2017年1月25日

Rubyのコアコミッターである笹田耕一氏が、レシピ共有サービスなどを展開しているクックパッドへ入社することは、1月21日付の記事「[速報]Rubyのコアコミッター笹田耕一氏、クックパッドへ」で紹介しました。

本記事ではあらためて、笹田氏がクックパッドへの入社を決めた理由や、クックパッドが笹田氏に声を掛けた背景、そして笹田氏にとっての転職の意味などについて、笹田耕一氏と、クックパッドの執行役CTO成田一生氏に聞きました。

fig 笹田耕一氏(左)、クックパッド執行役CTO 成田一生氏(右)。Cookpad TechConf 2017で

クックパッドへの転職に大きな可能性を感じた

──── あらためてクックパッドが笹田さんに声をかけた背景を教えてください。

成田氏 クックパッドでは長年、Rubyを用いたサービス開発を行ってきました。

Rubyはシンプルな記述で高度な処理を表現できるので、開発効率が高く、改善のサイクルを高速に回すのに適していると考えています。つまり、 Ruby が継続的に改善されていくことは私達の事業にとって重要です。

大規模なRuby on Railsアプリケーションを開発運用しているクックパッドがRubyに対して貢献できることはなんだろうと考えた時に、実行速度の問題が思い浮かびました。

Rubyは実行速度があまり速くないと言われてきましたが、バージョンアップのたびにどんどん改善されてきています。これまでもクックパッドはその速度改善の恩恵を大きく受けてきました。Rubyの実行速度の改善に貢献してきた笹田さんをクックパッドにお招きすることで、クックパッドという巨大なRuby製アプリケーションをベンチマークとして、より速度や機能の改善に取り組んでいただけたらと考えました。

──── 笹田さん。クックパッドへ転職を決めた理由について、教えてください。

笹田氏 今回、クックパッドへの転職に大きな可能性を感じたためです。その理由を2点あげます。

まずは、Rubyの性能改善という仕事を行う上で、よい職場であるということです。クックパッドは、世界でも有数のRuby on Railsユーザーであり、Rubyユーザーです。Rubyの性能改善が直接運用のコストに影響をあたえるというのは、やり甲斐を感じます。また、実際に動いているアプリケーションを解析することで、どのように性能改善を行うか、大きなヒントになります。

そしてその成果は、クックパッドに限らず、Rubyコミュニティにこれまで以上の貢献になるだろうと期待しています。このあたりは、先日Fastlyに転職された奥一穂さんが仰っていた転職理由と、同じ部分があるかと思います(新野注:奥氏はオープンソースのHTTP/2サーバ「H2O」の開発者)。

二つ目は、Rubyインタプリタ開発コミュニティの促進です。Rubyインタプリタは複雑なソフトウェアですが、まだまだ改善しなければならない部分が数多くあります。そのためには、さらに多くの方に開発に参加してもらうことが重要と考えています。例えばクックパッドの技術力の底上げのために、言語処理系のようなシステムプログラミングの知見を伝えることができればと思っており、その中からインタプリタ開発にも興味を持ってくれる人が出てきてくれるといいなと思っています。

少し大きな話になりますが、最近、プログラミング教育の義務教育化が話題になっています。そこでプログラミングやコンピューターに興味を持った人が、最終的には言語処理系のようなシステムソフトウェア開発者を目指す、そのようなことのお手伝いができればと思っています。クックパッドはそのような活動に対し、理解を示してくれました。これも、転職を決めた理由の一つです。

fig

「なくても会社の業績に直接影響は出ない」仕事なので、そもそも評価が難しい

──── 笹田さん。オープンソースのコミッタにとって、転職するというのはどのような意味を持つのでしょうか? というのも、会社が変わっても同様に基本的にOSSへのコミットが業務として期待されているとすれば、どのような思いで転職されるのでしょうか。

笹田氏 「オープンソースのコミッタ」と一口にいっても、様々な立場があるかと思いますので、私の考えを述べます。フルタイムでRubyを開発するという立場からは、転職はRubyコミュニティへの貢献の話と、個人的なキャリアプランの2つがあると思っています。

Rubyコミュニティへの貢献は、前述の通り、クックパッドの協力を得て、より良いRubyをお届けしていけるのではないか、という期待です。

個人的なキャリアプランで言いますと、待遇を改善するための手段です。私の仕事は、基本的に「なくても会社の業績に直接影響は出ない」仕事なので、そもそも評価が難しく、なかなか昇進や待遇改善を要求するのは難しいと感じています。転職は、その手段の一つだと考えています。

その一方、そもそも「Rubyインタプリタ開発者」を雇用できる会社がどの程度あるのか、という話にもなりますので、その価値がある、と言ってもらえるように、Rubyを魅力的なプログラミング言語であり続けさせる努力が重要だと思っています。

──── 成田さんへ。企業がOSSのコミッターを社員として雇う場合、経営陣からの理解、評価のあり方、既存の社員との関係など、いろいろと配慮もしくは考慮すべき点があったのではないかと思います。どのようなことを重視しているのか、あるいは環境作りに苦労した部分などはありましたか?

成田氏 私が経営陣の一人なので、会社からの理解を得るという点では問題ありませんでした。

社内にはもともとフルタイムコミッターではありませんがRubyのコミッターをしているエンジニアが数名いますし、笹田さんのお人柄もあって、社内での親和性はそれほど心配していません。

重視しているのは、クックパッドの組織、スタッフ、サービスのコード、インフラなど、あらゆるものをフルに使ってRubyを良くし続けてほしいというところです。そのためには社内外の人材教育なども私が笹田さんと手を携えて取り組んでいく予定です。

フルタイムでRubyの開発をできる利点を活かしてRuby 3を開発していく

──── 笹田さんへ。挨拶でもお話しされていましたが、今後のRubyの展望や抱負、計画などについて教えてください。

笹田氏 先日、安定版として Ruby 2.4.0が昨年12月にリリースされました。今後、Ruby 2系の品質向上と、次のメジャーバージョンアップであるRuby 3の開発を行っていきます。

Ruby 2は、すでに言語仕様としては満足、と以前、Rubyの父であるまつもとゆきひろ(Matz)さんが仰っていました。そのため、Ruby 2は、現状の仕様を(あまり)変えないまま、品質向上を行っていく予定です。品質にもいろいろありますが、わかりやすいところで、バグの修正、速度改善、メモリなどのリソース消費の削減などがあります。Rubyインタプリタの開発者は世界中にたくさんいるので、協力しながら、これらの問題を解決していければと思っています。

Ruby 3は、まだ全貌が明らかにされていない、誰も知らないRubyです。まつもとゆきひろさんは、Ruby 3の目標として、プログラムの実行前検証、実行時コンパイルによる高速化、より良い並行並列処理のサポートの3点を挙げられていました。私は昨年、その中でもRuby 3に向けた、並行並列処理のための仕組みを提案しましたが、フルタイムでRubyの開発をできる利点を活かして、引き続き、これらの実現を目指します。

多くの魅力的なプログラミング言語が登場しており、選択肢が多様化しています。プログラミングにおいて、適切な言語を選択するのは重要です。多くの機会で選択肢にRubyが入るよう、魅力的な言語であり続ける努力をしていきたいと思います。

──── 成田さん。クックパッドとして今後のRubyへの希望、展望などを教えてください。

成田氏 プログラミング言語やその処理系に求められる要件は、時代とともに常に変化しています。現在Rubyは広く使われていますが、向こう10年という単位で考えると、当然時代に合わせた進化をしていかなければ生き残れません。次期バージョンであるRuby 3は、Rubyという言語の寿命を大きく左右するマイルストーンになると考えています。その設計に携わっている笹田さんと力を合わせて、よりよいものになるように働きかけていくのが、Rubyを使ってサービス開発をしてきたクックパッドの責任だと考えています。

──── 笹田さんへ。もしなにかメッセージがあれば、ご自由にどうぞ。

笹田氏 クックパッドのような企業にRubyを支援いただけるのは、大変心強く感じます。すでに、Ruby開発者をフルタイムで雇用する会社は、クックパッドを含め数社あります。今後もRubyを改善していき、そのようなサポートに興味をもつ企業が増えてくれるといいなと思っています。

(本インタビューの質問はメールで送付し、その回答をほぼそのままの形で掲載しました)

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