スマートデバイスの進化の急激さ、そして個人の力の増加 ~ Gadget1 R4でTegra2とtagletのセッションを聴いて思ったこと
スマートデバイスの進化は急速だ。1年も経てば「景色」が変わる。そして、このようなスマートフォンの進化は、個人の力を増大する方向に向かうのではないか ── あるイベントに参加して、こんな予感を抱いた。
参加したイベントは「Gadget1 R4 Dorayaki」(2011年2月19日開催)である。「Gadget1」は、文字通り「ガジェット」を語りあうイベントで、今回で第4回目の開催となる。電子工作、ロボット、メディアアート、通信機器、スマートフォンといった様々なジャンルの発表を集めたイベントだ。過去には「オシロスコープの画面に『初音ミク』を描く」、「マイコン制御で光るバルーンを開発、イベント向けに利用」など、不思議な企画、発表を聞くことができた。
今回は、2つのセッションに絞って、今回のイベントを報告する。一つは半導体、一つはモノとWebを結びつけるサービスである。このイベントが持つ雑然として楽しげな雰囲気を伝えるレポートではないことは、あらかじめお断りしておきたい。
NVIDIA Tegra2、スマートデバイスの鍵は性能と低消費電力のバランス
NVIDIA JapanのTegraセールスマネージャー市浦茂氏によるセッションでは、スマートデバイスの心臓部に使われる「Tegra2」の概要を聞くことができた。
Tegra2(Tegra250)は、「メディアプロセッサ」として開発されたシステムLSI(SoC: System on Chip)だ。スマートフォン向けチップで有名な米Qualcommの「Snapdragon」は、携帯電話の無線通信機能を搭載するチップだが、Tegra2はあえてワイヤレス関連の機能は含めないチップとして開発されている。その分、マルチメディア関連の演算機能が強力だ。電子機器の最終製品に入ったモバイル製品向けチップとしては初のデュアルコアCPU搭載チップでもある。
Tegra2を搭載した機器類としては、東芝の「Dynabook AZ」、「Folio100」、マウスコンピューターのタブレット「LuvPad AD100」、NECの「LifeTouch Note」、海外製品ではAcerのタブレット「ICONIA TAB」、Motorolaのスマートフォン「Atrix 4G」などが発表済みだ。いずれもOSはAndroidを搭載する。
Tegra2は、メインCPUとしてARM Cortex-A9デュアルコア・プロセッサ、低消費電力動作のためにARM7コア、GPU(超低消費電力(ULP) GeForce)、HD動画エンコーダ、デコーダなど複数種類のプロセッサ群を1チップ集積する。
Tegra2の特徴は、モバイル機器への搭載を前提とした低消費電力技術を投入していることだ。チップを複数の電源ドメインに分割し、必要な部分のみに給電し、かつそれぞれ可変周波数、可変電圧としている。Webページをロードする時にはCPUが、レンダリングするときにはGPUが動く、といった細かな役割分担により、性能と低消費電力を両立させる。
スマートデバイスの設計では、低消費電力技術は最も重要な要素技術となっている。CPU性能や通信速度の向上に比べ、バッテリーの電力密度の向上はごくゆっくりしたペースでしかないためだ。バッテリーの進化の遅さ、それに半導体の微細加工の進化に伴うリーク電流の増大という問題を、システムLSIの設計技術やソフトウエアでカバーする技術トレンドを知ることができるプレゼンだった。
Tegra2は現行の最新プロセッサだが、NVIDIAの次世代チップ「Kal-El」は4コアを集積し、フルHDを上回る高解像度にも対応する。TI、Qualcommなど競合ベンダーも4コアの製品を開発中だ。
ここで筆者は想像したのだが、Kal-Elや、他社の同世代チップを搭載した次期スマートデバイスは、私たちが今親しんでいるスマートフォンやタブレットとはかなり違うものになるだろう。画面解像度も大きなものが登場し、それにもかかわらず消費電力はPCに比べ低く、バッテリーで長時間駆動する。
スマートフォン、タブレットを筆頭とするスマートデバイスは、今のところIntel製チップではなく、ARMコアや他の構成要素を集積したシステムLSI(SoC)を中心に作られている。OSとして採用が伸びているのはAndroidだ。ITの最先端を狙う企業群、例えばGoogle、Apple、Microsoft、Facebookらは、このようなスマートデバイスが当たり前に普及した世界を予想しつつ、自社の戦略を立てて動いているのだ。
モノとWebサービスを結ぶ「taglet」
今回のイベントのハイライトとなったのは、「taglet」開発者である井上恭輔氏の発表だった。tagletは、以前にPublickeyでも取り上げた(関連記事)。tagletは、ICタグをNFC対応Androidスマートフォンで読み取りWeb上のサービスを結びつける。
井上氏の本業はミクシィのインフラとサービスのエンジニアである。未踏プロジェクトや、Webエンジニアらのライトニングトークなどで鍛えられた井上氏のプレゼンはパワフルでで、その後のセッションのスピーカー(機械式計算機について語ったアスキー総研の遠藤諭氏)が「やりにくいなあ」とぼやいていたほどだった。
井上氏のセッションでは、tagletをめぐる状況の報告があった。
一つは、ミクシィがtagletを採用したことだ。tagletは井上氏個人が余暇を使って開発したサービスだが、それにもかかわらず、ミクシィはtagletを取り入れた新サービス「mixiチェック」「mixiチェックイン」を発表した(発表資料)。井上氏個人のサービスが、ミクシィという企業の公式サービスと連携するようになった訳である。
もう一つは、tagletを活用するために作られたような機器との出会いだ。tagletを見て、いくつかの会社から声がかかったという。その1つが、ブラザーのRFID対応ラベルプリンタ「RL-700S」の担当部署だった。
プリンタはISO/IEC15693規格のRFID(ICタグ)を埋め込んだラベルを印刷する。このRFIDの規格はNFCの一部に取り入れられていて、Nexus S搭載のNFC対応リーダーで読み取ることができる。つまり、tagletのためのICタグとして利用できる。
筆者も、このラベルプリンタの実演デモで、自分のTwitterアカウントと紐付いたラベルを印刷してもらった。ラベルをNexus Sにかざすとtagletが起動し、自分のTwitterページを表示する。
そして、tagletの最新動向として、井上氏が開発を進めているtagletと外部サービスを連携させる手法の紹介があった。
tagletは、スマートフォンを「かざす」動作だけで、ICタグとURLを結びつける。ログイン処理などを抜きに、ユーザーが必要とするURLを直接表示することができる。これはつまり、ユーザーが「スマートフォンをかざす」動作をするだけで、RESTによるWeb APIを叩ける、ということだ。
その可能性を、さまざまなWeb上のサービスを提供している企業や個人に使ってもらいたい、と井上氏は考えている。現実世界のICタグと、Web上のAPIを結びつけることで何ができるか──と考えると、そこには計り知れない可能性がある。もちろん、現時点でtagletを使えるのはNexus Sただ一機種だが、NFCリーダー搭載のスマートフォンは1〜2年もすれば当たり前になるだろう。その時に、何が起きるか、を想像して動いている人々がすでにいる訳である。
以上のように、Gadget1は、「個人」と「趣味」を前面に押し出したイベントだった。大きな技術トレンドという観点で見ると、個人開発者の重要性はどんどん高まっている。スマートフォンのアプリマーケットで人気を集めるアプリの多くは、企業ではなく、個人がアイデアと情熱を注ぎ込んだ作品だ。スマートデバイスの進化は、個人の力を増大させる方向に作用するのだ。
だから、大手ベンダーによる最新の技術トレンドを追うことと、個人作品のアプリやサービスを調べることは、どちらも同じように重要だと筆者は感じている。日本にいる開発者たちの動きの中から、次の世代のスマートデバイスで重要な役割を果たす何かが出てくる可能性もあるからだ。
(著者の星 暁雄(ほし あきお)氏はフリーランスITジャーナリスト。IT分野で長年にわたり編集・取材・執筆活動に従事。97年から02年まで『日経Javaレビュー』編集長。08年にインターネット・サービス「コモンズ・マーカー」を開発。イノベーティブなソフトウエア全般と、新たな時代のメディアの姿に関心を持つ。 Androidに取り組む開発者の動向は要注目だと考えている)
あわせて読みたい
「次世代Hadoopの開発に着手する」Yahoo!が宣言、数万台以上のクラスタをサポートへ
≪前の記事
クラウド時代にSIerはどう生き残るのか? 人月ビジネスからどう脱却するのか? 大手SIer役員にインタビューしました